HOME > 支援情報 > 機関紙「同声同気」 > 第23号(2002年1月21日発行)  PDFファイル
巻頭言
地域情報 ア・ラ・カルト
 再研修の現場から(山形自立センター)
 支援・交流センター訪問記
 千葉県民の日「わくわく県民まつり」
 さっぽろヤンガーまつり
 東京の中学校における特別授業の取り組み
※ニュース記事から
行政・施策
研修会情報
教材・教育資料
とん・とん インフォメーション
事例紹介 日本の保育園に入って

巻頭言

新しいセンターの発足

 中国帰国者が直面する大問題は大きく分けて2種類あるだろう。ひとつは生活保護や年金等に代表される生活保障の問題だ。そしてもうひとつは、言葉や文化、コミュニケーションの問題である。ともに重要で互いに関連し合う問題だが、言葉や文化、コミュニケーションの問題は制度や施策を改めることによってすぐに解決できるものではない。ボディブローのように効いてきて、その人の生き方に深く関わってくる問題でもある。
 「中国帰国者支援・交流センター」が発足した。このセンターには、主に言葉や文化、コミュニケーションの問題について、帰国者に対して長期的・総合的な支援の拠点となることが期待されている。
 帰国者の適応と学習の過程は帰国後の生涯にわたって続くものであり、帰国者に対する支援もそれに合わせて長期的・総合的な視野から継続的に行われるべきだということは、すでにかなり以前から言われてきていたことだ。新センターがつくられたということは、行政が従来の帰国後数年間という支援の枠組みを長期的支援の枠組みに転換したという意味で大きな意味をもつことである。施設は当初の予定よりもずいぶん小振りなものになったが、まずはその存在自体が重要だ。
 箱物としての施設の大小は、インターネット上だけで機能する“バーチャル研究所”などというものが存在しうる現代においては確かにさほど大きな問題ではないかもしれない。しかし今後このセンターが本当に「拠点」として機能するようになるためには、何よりも、大量の情報を集め、処理し、発信する能力をもたなければならない。そして、その中から新たな価値を生み出す創造力をもっていなければならないだろう。こういう点から見ると、新センターが乗り越えなければならない課題は大変多い。予算も人材もまだまだ十分とは言えないだろう。
 新センターの当面の最も重要な役割は、今まで帰国者に対する支援を行ってきたさまざまな団体・グループ、個人にとって代わることではない。今まで支援が行われていない部分や不十分な部分を補うとともに、従来行われてきた支援をさらに支援し、全体としてより大きな、より質の高い支援が行われるように調整することこそが、このセンターに期待されていることである。全国の支援者と積極的に連携をはかることを望みたい。

地域情報 ア・ラ・カルト

再研修の現場から 山形県中国帰国者自立研修センター

「運転免許取得講座」

 当センターでは,平成11年4月から日本語教育の「再研修」を開講し今年で4年目になります。講座としては、これまで日本語教育の一貫としての「運転免許取得講座」を実施してきました。この講座は毎週日曜日13:00〜16:00に開かれ、受講生は平成11年度〜13年度の合計で80名になります。教材として、自動車学校の問題集や教科書を使用しています。今日の日本で就職の必須条件とも思われるのが自動車免許であり、2世・3世の若い世代の帰国者の増加に伴い、帰国者も免許の必要性をより強く感じているようです。受講生は講座を受講することで学習に具体的な目標ができ、学習意欲がでてくる効果がありました。しかし、その意欲を免許取得のためだけでなく、日常生活に必要な日本語の学習への意欲にも結びつけるのは難しい面もあります。これまで受講生の30%にあたる24名が免許を取得することができました。

新講座の開設「パソコン講座」「料理講座」

 平成14年1月からは上記講座に加えて、新たに「パソコン講座」並びに「料理講座」を開講する予定です。

新講座開設までの経過・開設のねらい

 日本社会が情報化社会と言われて久しく、IT関連産業もかつてほど振るわない昨今ですが、パソコンについては、どこの職場でも活用しており、操作の必要性も職種に垣根がなくなっています。帰国者についても同様で、就職のための技術取得や現在の職場業務(仕事)に関係してパソコンを操作する力が求められています。最近の帰国者は農村部と都市部出身者の違いも小さくなり、両者ともパソコンに対する興味や関心は高いようです。特に2世・3世は日本社会での必要性もよく理解しています。
 平成13年に自立研修センター入所者の集いで行った調査では回答者35名中7名(男女20代〜40代)がパソコン講座の受講を希望し、10月に行った当センターでのアンケート結果でも29名の受講希望がありました。この結果からも帰国者のパソコンの技能取得への希望が大きいことがわかり、今回の開講に踏み切りました。受講希望の一番大きな理由は、「就職に必要だ」「現在の仕事に必要だ」ということでした。希望者はパソコンを使用した経験はない人が大多数でした。
 また日本伝統文化の理解にも結びつく講座として、料理の実習を通じて日本語を学習する「料理講座」の運営も考えています。

新講座の実施予定と内容

「パソコン講座」(平成14年1月開講予定)

開講日時:
  初級日曜コース  10:00〜12:30(6日間)受講生 6名
  初級土曜コース  13:30〜16:00(6日間)受講生 6名
  中級日曜コース  13:30〜16:00(6日間)受講生 6名

 講座の内容としては、入門レベルから仕事で抵抗なくパソコンの前に座れるレベルまでを目標にしています。初級クラスでは、パソコンの基本的な操作から基本ソフトや中国語翻訳ソフトの使い方まで、中級クラスは、メールやインターネットの利用方法やチラシの作成までを考えています。

使用教具・教材:ノートパソコン、『初めてのパソコン』等市販教材
講師:1名

「料理講座」(平成14年1月開講予定)

開講日時:毎月第2日曜日10:00〜12:00

受講者:10名程度

内容:日本料理、弁当の作り方(実習を通して)
 料理の名前や器材・素材の名前等、また作り方として使うことば(あえる、あくをとる、とろ火等々)の習得を通して、日本伝統の食文化を理解させる。

 今後も今回ご紹介したような実生活に結びつく日本語を学ぶ講座の運営を進めることで当センターの日本語教育を充実させていければと考えています。

(佐藤英男)

中国帰国者支援・交流センター〈首都圏センター〉訪問記

 前号(4頁)でお伝えした中国帰国者支援・交流センターが、11月1日、東京と大阪にオープンしました。今後ここが拠点となって、以前から必要性が指摘されてきた中・長期的な帰国者支援のためのさまざまなサポートを提供していくことになります。今回は、東京都台東区の〈首都圏センター〉を訪問して、お話を伺い授業を見せていただきました。

 首都圏センター〈通学課程〉は、2001年12月現在、6コース開かれており、受講生は各コース合計約70名。当日見学したクラスは「サロン日本語クラス」、「基礎日本語@クラス」の2つ。平日のコースだったためか1世が多かった。全体での1世、2世の比率は概ね2対1だが、土日のコースはやはり仕事を持ちながら通う2世が多いとのこと。東京だけでなく、埼玉や千葉から通う受講生もおり、この日も、千葉から片道2時間をかけ2つのコースを掛け持ちで受講している元気な1世がいた。
 一番印象に残ったことは、現在すでに日本での実生活を体験している首都圏センターの受講生と来日して間もない所沢センターの学生との違いである。発音が曖昧だったり、文法的に不正確だったりしても、1人ひとりが日々情報として得ている知識や語彙の差の大きさに圧倒された。「ちれい(きれい)」「新年 私何する。知らないね。(わからない)」という学生達が「牛乳を飲みますか」のやりとりから、狂牛病、雪印の牛乳、アメ横のお買い得など話を広げていける。教師の介入なしに話題がどんどん展開していくのを見たのはとても新鮮だった。各コースにはそれぞれの目的と目標があるが、日本語を使う機会があまりない受講生達にとっては、実際に日本語を使ってみる・現在持っている力を試す・持っている知識や疑問点を整理するといった場としても重要な意味を持っているのだと強く感じた。
 〈遠隔学習課程(通信教育による)〉コースも、12月現在で約80名の受講生を抱えている。全国各地から応募はあるが、まだまだPR不足であり、今後各地の帰国者にどう情報を行き渡らせるかが大きな課題だとのこと。現在〈遠隔学習課程〉のコースは、「職業訓練校入校」の中卒程度国語と高卒程度国語、「就職対応」、「運転免許取得」、「近隣交際」の5つ。受講生は1世、2世半々である。最高齢は72歳で、日本語を話す機会があまりないことが受講の動機だそうだ。現在は、センターが教材とテープを送付し、受講生が課題を返送する形で進めているが、将来的には電話やメールでやりとりをしたり質問に答えたりするなどのより直接的な方法を考えている。コースの課題の中には、日本人にインタビューしその結果や考察を書くといった周囲との交流のきっかけを目指したタスクもある。これを更に進め、受講生を地域でサポートしてくれる指導者や協力者、コースの教材を使用しスクーリングのような形で学習支援を行う日本語教室等に対する教材提供を含めた支援者支援も、今後この支援・交流センターの目指すところであるという。
 帰国者にとって日本語学習は生涯続くものであろう。たとえ日本に何十年いたとしても、その時その時の学習ニーズが必ず存在するからである。大きな目標・課題を抱え、奮闘している交流・支援センターのみなさんの姿がとても大きく見えた訪問でした。

(所沢センター:井本)

千葉県民の日「わくわく県民まつり」で中国帰国者大活躍!!

 毎年6月15日は千葉県民の日で、幕張メッセにて物産紹介や、団体の交流コーナーなど多彩な行事が催され、今年も26万7千余名の県民が訪れました。

 千葉センターでは、毎年在所生・再研修生と一緒にこの行事に参加してきましたが、なかなか交流を深めるというかたちにはならず、見学するだけに終わっていました。今年は千葉県社会福祉協議会の協力を得て、その出店コーナーの一角をお借りし、「千葉県中国帰国者自立研修センター交流サロン」を設けることにしました。
 これまでと違い、訪問を受け対応する側になるため、最初は、帰国者の協力が得られるかどうか、帰国者自身が喜んで参加するかたちをとれるかどうか、とても心配でした。先ず、出店の準備にあたり、当日全員が着用するTシャツにスタッフ持ち寄りのアイロンで帰国者の方と一緒に「パンダ」のマークをつけることになりました。マークをつける場所を自由にしたところ、袖につける人、右胸、左胸につける人と、さまざまなTシャツができあがりましたが、ワイワイと楽しい準備の時間が持てました。
 次は、当日の来訪者に中国茶のサービスをしながら対話する機会を作りたいということで、ウーロン茶、ジャスミン茶などの500ml入りのペットボトルを用意し、小さい紙のコップに八分目ほど注ぐ練習と合わせ、「どのお茶がいいですか」など実際の交流場面をイメージしながら日本語の練習もしました。
 当日は、私達スタッフの心配をよそに、最初はしり込みしていた帰国者の方も、多くの来訪者を次々に迎えて生き生きと接客を始め、いつの間にかどっかと椅子に座り、自分の家族の状況、仕事の話などを一生懸命、嬉しそうに話していました。二日間で延べ700名を超える来訪者があり、後日帰国者の感想の多くがたくさんの人と話ができてとても楽しかったということでした。
 私達の予想以上に今回の交流事業の成果があったのは、準備段階から帰国者が参加し楽しい雰囲気の中で準備がすすめられたこと、当日の主役を帰国者の方々たちに持っていったこと、また県社協の協力も大きかったと思います。

(千葉県中国帰国者自立センター 垣花和美)

帰国者による『さっぽろ秧歌(ヤンガー)まつり』

 9月24日(月)、札幌市の大通公園西8丁目広場で『さっぽろ秧歌※まつり』が開催されました。主催したのは札幌市と近郊に住む帰国者有志の皆さんで、一致協力、団結してはじめての『まつり』はおよそ300人が参加して大成功となりました。

※ 秧歌は中国西北部農村に伝えられた歌舞。赤いたすきをかけ、太鼓などにあわせて歌いながら行列を作って踊る。祝賀行事などで行われるが、健康法として都市部でも同好会が組織されたりしている。

 鑼鼓手(らこしゅ)が銅鑼(どら)や太鼓で祭りを知らせる賑やかな演奏に、広場はたちまち中国の色に染まります。この行事を聞きつけて2時間、3時間前から集まった帰国者家族の皆さんは、この日のために中国から取り寄せた50着の黄色や赤など華やかな色彩の秧歌服を身にまとい、踊りの準備も万全。演奏を合図に広場に集まります。
 指揮者の合図で鑼鼓手は秧歌のリズミカルな演奏へ変わり、秧歌舞の大きな列が動き出しました。扇子や帯を振りながら大きな踊りの輪ができました。どの顔も笑顔でいっぱい、楽しそうに踊っています。踊りの輪の中心では、中国の獅子舞が始まりました。二頭の獅子が玉を追いかける、踊るのは孤児世代のSさん、獅子の中は二世の皆さんで、文字通り獅子奮迅の舞を見せました。
 はじまりの秧歌のあとで帰国者有志を代表して残留孤児Tさんが「中国帰国者が行うはじめての秧歌まつり。札幌市民に私たち帰国者を知ってもらい、中国の文化も紹介していきたい」とあいさつしました。
 孤児世代Dさんによる京劇、三世による少数民族舞踊、二世による二胡演奏、帰国者やボランティアの皆さんで「中老年迪斯克(ディスコ)」など盛りだくさんの演芸が行われました。そして、締めくくりは秧歌舞。大きな踊りの輪を作り元気いっぱいに秧歌を踊り、獅子舞も再び登場し広場は明るい笑い声につつまれました。
 参加した帰国者の皆さんは「楽しい」「来年もやりましょう」「こういう事が必要なの」と口々に語ってくれました。
 日頃から閉じこもりがちな帰国者の皆さんが、地域・社会の中で活動する場を自主的に作り出していこうという活動が昨年から始まりました。北海道日中友好センターの会員がボランィテアでサポートしましたが、帰国者の皆さんが主体になり進めてきました。10数回の「座談会」や「歴史体験を共有する会」「老後問題を考える会」などを積み重ねる一方、屋外に出て活動を広げようと、7月の滝野すずらん公園でのレク活動には70名が参加。こうした実績のもとに秧歌まつりは開催されました。
 そして『さっぽろ秧歌まつり』は、中国の親族に連絡をとって秧歌服や楽器の取り寄せ、体育館を借りての秧歌、獅子舞、鑼鼓手のリハーサル、スタジオでの練習会と、すべて帰国者の皆さんの手で進められました。『まつり』の大きな成功は、帰国者の皆さんが地域で文化交流のかけはしとなる有意義な活動の場を創り出したことにあると考えます。
 今後はさらに進めて具体的な活動を広げていきたい、と帰国者の皆さんも意気込んでいます。

(北海道中国帰国者自立研修センター 向後 洋一郎さんより )

東京都の中学校における特別授業の取り組み
「いのち、究極の選択〜中国残留婦人を招いて〜」

報告者:足立区立蒲原中学校 小川郁子

 当校では各学期に1回ずつ学校にゲストを招いて、全校生徒が参加する特別授業を行っている。今年度1学期には中国残留婦人Sさんをお招きして体験を語っていただくことになった。お話を伺う前提として、生徒達には中国残留邦人が生まれた背景を伝えなければならない。だが、歴史的知識だけではなく、これを機会に今の生徒達と同じような年齢で戦争による極限の状況におかれた開拓団の人々の体験を通じて、生きること、いのちの大切さをしっかりと考える時間を作りたいと考えた。こうして、道徳の授業と連携させて「いのち」というテーマで特別授業を行った。その取り組みを紹介したい。

1)事前学習1 6月11日 月曜1時間目 道徳の時間
 1. 各学級で担任がごく簡単に日中戦争と満州移民の状況を説明(5分)
 2. 全校一斉にNHK番組『大地の子』第一部のビデオを放映(45分:開拓団の人々の逃避行開始から、主人公陸一心が心優しい中国人養父母に助けられ中国の学校に通うまで)
 ほとんどの生徒がまったくこの歴史的事実を知らず、全校がシーンとして、真剣にビデオを見た。

2)事前学習2 6月11日 月曜6時間目 裁量の時間
 各学級でビデオにもとづき「いのち〜究極の選択〜」というテーマで、隣の人と2人で、前後の4人で、また班になって6人で、最後に学級全体で、互いの意見を出し合った。
 五歳以下の子どもは殺すようにと決めたこと、逃避行から離れて、飢え死にすることを選んだ老人達、ソ連軍に殺されるより日本の軍人に殺してもらおうと頼んだ人たち、そうした場面で、開拓団の人たちの気持ちを想像した。続いて、もし自分が小さな子どものいる親だったら、子どもが死ぬのを覚悟で一緒に逃げたか中国人に預けてでも生きる道を選ぶか、究極の選択を話し合った。
 参観した1年の学級では真剣に話し合っていた。子どもの立場だったらどんなことになっても親と一緒にいたいが、親の立場で考えると中国人に預けてでも生き残ってほしいと考えた生徒が多くいた。

3)特別授業 6月15日 金曜5、6時間目
 体育館に全校生徒が集まり、中国残留婦人をお招きしてお話を聞いた。講演者の依頼は困難だったが、最終的には東京から唯一派遣された開拓団に参加したSさんにお願いできた。とても簡単には口にできないような辛い体験が淡々と語られた。
 生徒はとても真剣に静かに聞いていた。講演の後の作文によると、ビデオで見たような悲惨なことが本当にSさんの身に起き、その時、今の自分と同じ中学生だったのだ、ということに大きな衝撃を受けた様子だった。厳しい状況を生き抜いたSさんの強さに感動し、何より、そうした悲惨な状況を生み出した戦争を二度と起こさないこと、それは自分達の責任であることに気付いた生徒も数多く見られた。

4)事後学習 6月18日 月曜1時間目 道徳の時間
 課題は学年、学級それぞれに応じて設定した。中国帰国者の人々と自分達がどのような関わりを作っていくのか、あるいは、みんな違った背景を持って生きていることを認めあうことは、学級内での人間関係を育てる方向に発展させることもできる。ただ、歴史的な背景の説明が不十分だったために、生徒達が開拓団が一方的な被害者であると思ってしまう危うさに気付いた。そこで、日本テレビ『知ってるつもり中国残留日本人』のビデオ18分短縮版を全校放映して、明治維新からの日本の歴史的経過を補った。

5)締めくくり
 Sさんのお話の感想文から各学級数人分を選び、お送りした。また、学年通信で保護者の方々にも特別授業の報告をし、生徒の作文を掲載した。夏休みあけには、Sさんから生徒の作文を読んだ感想とお礼の手紙が届いた。

 今回の特別授業は、「歴史的事実を知る」ことにとどまらず、「いのち」を考える道徳の授業と合わせて行うことで、生徒達の心に残る意義ある授業になったと思う。本校には、中国籍の生徒は在籍しているが、中国引揚生徒は1人もいないと思っていた。ところが「僕のおばあちゃんも同じ体験をしています」と書いて、残留孤児3世であることを語った生徒がいた。日本に来て年月が長くなり日本語も日本人同様になると、あえて自分の出身を語る必要はなくなり、こちらも本人から聞かなければわからないままだった。
 今度の特別授業で、600人の生徒はみんなが開拓団のこと、中国残留邦人の問題を受け止め、いのちの問題を考えた。この生徒もまた、自分の祖母の人生を改めて知り、その、いのちを受け継ぐ自分の存在もまた深く受け止めたことだろう。これを機会に自らの存在を肯定的に受け止め、またみんながそれを認めてくれたと感じ取ることができたら、何よりの成果であると思う。そして他の生徒達も、今後、高校や人生のどこかでこうした問題と出会った時、きっとしっかり問題を受け止められるだろう、と心強く思う。

行政・施策

★厚生労働省から

●中国残留孤児の訪日対面調査の結果について

 中国残留日本人孤児の肉親捜しのための訪日対面調査を、去る11月11日から14日までの間、東京代々木にある国立オリンピック記念青少年総合センターで行いました。
 この訪日対面調査は、平成13年度に新たに残留孤児と認定された20名について、9月に肉親との離別状況などの情報を公開し、そのうち肉親と思われる関係者の名乗り出があった3名を対象に行ったもので、平成12年度にこの新たな方式を導入してからは、2回目の実施となりました。
 この調査の結果、千葉県の男性と対面した魏清嶺さんが、この方の甥にあたる「内田袈裟春」さんであると確認されましたが、他の2名は対面調査時に結論が得られず、DNA鑑定の結果を待つこととなりました。この鑑定により、朱桂琴さんが、青森県の三浦勝己さんの妹「イツ」さんであることが判明しています。
 さらに、この訪日対面調査に引き続き行った集団一時帰国に参加した宣桂蘭さんに、新たに肉親情報が寄せられ急きょ対面調査を行ったところ、長野県の上條敬治さんの妹「江美子」さんと確認されました。
 平成13年度に新たに中国残留日本人孤児と認定された20名の肉親捜しは、これまでのところ上記の結果となっています。

●中国残留邦人の集団一時帰国について

 今年度3回目となる中国残留邦人の集団一時帰国を訪日対面調査に引き続き、11月14日から27日までの日程で実施しました。今回の集団一時帰国は、今年度新たに認定された孤児20名のうち19名(訪日対面調査に参加した3名を含む)が参加されました。
 中国残留日本人孤児の肉親調査については、平成12年度から集団による訪日調査に代えて、中国で日中共同の調査を行った後、孤児と認定した者の情報を日本で公開し、肉親情報が得られた者についてのみ訪日対面調査を行うことに改め、訪日調査に参加しなくても永住帰国の途が開かれることになりました。このため、日本の事情、情報を知る機会がないまま永住帰国することへの不安を少しでも取り除けるように、財団法人中国残留孤児援護基金に委託して実施している集団一時帰国事業に、永住帰国のための説明会や中国帰国者定着促進センター、小学校及び職業能力開発施設の見学、企業訪問、既に永住帰国した帰国者宅訪問など、永住帰国するかどうかを選択する上で必要とするプログラムを組み込んで実施しました。

●中国帰国者定着促進センター長野分室の閉所について

 平成7年度にピークをむかえた帰国者は、その後次第に減少し、平成12年度は94世帯(樺太等を含む)が帰国したにとどまりました。帰国者は今後さらに減少していくものと見込まれることから、平成13年11月30日に中国帰国者定着促進センター長野分室を閉所し、受入体制をこれまでの3センター1分室から所沢、大阪及び福岡の3センターで対応していくことにしました。

●平成13年度身元引受人会議について

 同会議は、東ブロックが平成13年9月4日、5日愛知県で(身元引受人25名、県職員22名出席)、西ブロックが平成13年10月17日、18日福岡県で(身元引受人19名、県職員17名出席)それぞれ開かれ、全体会議とグループ討議が行われました。
 1日目は、厚生労働省による行政説明及び生活保護に関する講演があり、その後身元引受人による体験発表及びグループ討議が行われました。
 グループ討議では、特に呼び寄せ家族問題、就労問題、自立指導員との連携方法、自立意欲の引き出し方などの各テーマについての現状と問題点が報告され、活発な意見交換がなされました。
 2日目は、前日の討議内容の発表及び厚生労働省への質疑応答が行われました。
 多くの参加者から、他県の実情が把握できて大変よかった、今後の身元引受人業務を遂行していく上で大変参考になったとの感想がありました。
 同会議は、身元引受人の方々が日頃抱えている諸問題等の対処方針について、意見交換を行い、参加者相互の共通認識を持てる場として大変意義深い会議であり、来年度も引き続き東・西両ブロックで同会議を開催していく予定です。

●「中国残留邦人の親族を装う不法な入国」の防止について

 昨年12月、中国残留邦人の親族と偽って多数の中国人が日本に不法入国した事件が報道され、この事件に、中国帰国者やその実子が直接関与していた事例が多数あったと指摘されております。
 中国帰国者の一部の者が自己の利益のためにこのような犯罪に関わることは、国民の帰国者への支援・協力意欲を著しく損ない、地域社会で自立のため努力している他の多くの善良な帰国者と家族に迷惑を及ぼすことになります。
 中国孤児等対策室では、これまで中国帰国者については中国旅券を買い取る等の勧誘に応じることのないよう注意喚起を行うとともに、帰国者自身及び帰国者家族が犯罪に巻き込まれることのないよう、身元引受人、自立指導員等を通じて指導いただくようお願いしているところです。
 つきましては、このような不法行為に関与することの無いよう、再度指導の徹底をお願いします。
 なお、このような事件を承知した場合には、最寄りの警察へ通報するとともに、当室までお知らせ下さい。

〈帰国者への注意喚起事項〉
◎ 不法入国に手をかすことは犯罪です。
1 第三者から、帰国後、家族(子や孫)として日本へ呼んでほしいとの申し出があっても絶対に断って下さい。
2 第三者からパスポートを一時預からせてほしい、又は、買い取るとの申し出があっても絶対断って下さい。
3 使用目的が曖昧なまま第三者に戸籍書類を絶対渡さないで下さい。

★文化庁から

文化庁「衛星通信を活用した日本語教育研究協議会」開催報告

 文化庁では、11月5日(月)に上記の研究協議会を開催しました。
 今年度は日米(東京工業大学−国際交流基金ロス・アンジェルス日本語センター)間で協議会を行いました。本協議会は、世界各地で実施されている日本語教育の実態や要望に関する情報を共有し、相互に理解を深め、日本語教育の振興とその水準の向上を目指して行っているものです。今回は、日米の日本語教育、日本語教員養成等の専門家が衛星通信を活用した発表を行うとともに参加者との間で全体協議を行いました。時代の要請に応じた日本語教員研修の在り方や日本語教育における高度情報メディアの活用方策等について、情報通信技術を活用するための教師トレーニングの事例や情報化社会に対応した日本語教員養成方法や内容など、先進的な取組が紹介され、日米両会場間で活発な情報交換や議論が展開されました。

(文化庁文化部国語課 野山 広)

研修会情報

日本語ボランティア研修講座(横浜)第1回
「ニューカマーの子どもたちの今・未来…そして私たちにできることは」報告

 昨年12月8日(土)、横浜の産業貿易センタービルにて行なわれたこの講座は、前年に続き「共に生きる地域をめざして」をそのテーマとしている。齋藤ひろみ氏(東京学芸大学海外子女教育センター)は講演のなかで、日本で暮らすニューカマーの子どもたちを支援するうえで家庭・学校・地域社会・行政・研究機関の連携が重要であり、支援にあたっては、学ぶ側の子どもたちの気持ちになって「伝達型ではない対話型の学習支援」を行っていこうと呼びかけた。
 学校現場からは村田栄一氏(横浜市立金沢中学校)が、コンピューターを使った児童生徒向けマルチメディア日本語教材『にほんごをまなぼう』の具体的活用例と活用の可能性について紹介した。ユッカの会(ニューカマーの子どもたちの日本語学習・補習教室を開いているボランティアグループ)の本橋十喜子氏は、「積極的に学校などに働きかけることで子どもを取り巻く環境が確実に改善されてきた」という自身の経験談を通し、ボランティア同士の連携の大切さについて話をした。グェン・ヒュー・ゴック氏(ファン・ボイ・チャウ ベトナム語教室主宰者)は、母語(母文化)を忘れていく子どもたちの事例を紹介し、「教室を維持するために協力してくれる人がほしい」と訴えた。
 最後に会場全体で討議が行われ、「具体的な指導、支援の方法」、「教材等、情報交換の拠点作り」等について活発な意見が交わされた。

(所沢センター:大上)

※なお、この講座は、第2回が1月27日、第3回は2月23日と連続開催される。場所はともに上記ビル内の横浜国際交流ラウンジ。申込み・問い合わせは(財)横浜市国際交流協会(TEL 045-671-7128、FAX 045-671-7187、E-mail:yoke@city.yokohama.jp)へ。

教材・教育資料

教師と学習者のための日本語文型辞典/中国語訳簡体字版
『中文版 日本語句型辞典』

 1998年に出版された『日本語文型辞典』の中国語版です。これまでの辞典ではなかなか調べられなかった文型や表現を調べたいときに便利です。例文に中国語訳がつけてあり、解説が中国語になっています。まとめるにあたっては、@できるだけ解説を簡潔にし、その代わりに多くの用例を載せるA用例は日本を知らない人にも分かりやすくかつその使用の場面が想像しやすいものを作るB探したい表現を見つけやすくするために見出しや索引を工夫する、ということを心がけたとのことです。

編著者:グループ・ジャマシイ くろしお出版 2,800円 2001年10月発行

お詫びと訂正

 前号〈教材・教育資料〉コーナー(9頁)で紹介した方言教材『聞いて覚える関西(大阪)弁入門』の著者名 大阪YMCA日本語教師会は、YWCA日本語教師会の誤りでした。申し訳ございませんでした。

とん・とん インフォメーション

長編アニメ「えっちゃんのせんそう」をご存じですか

URL:http://www.cinema-indies.co.jp/ecchan/

 「えっちゃんのせんそう」は、ハルビンを舞台に、幼い少女「えっちゃん」の目を通してみた戦争を描いた作品で、現代の子どもたちに生きる勇気と平和の尊さを伝えることを願ったものです。原作は、児童文学者の岸川悦子さんが、自分の引き揚げ体験を綴ったもので、文溪堂から出版されています。アニメ映画化は、旧満州・ハルビンの花園小学校の同窓生による「映画製作を支援する会」や一般市民による製作運動によって実現したそうです。今年1月13日に完成披露試写会が東京・朝日ホールで行われ、以後1月末から3月上旬にかけて全国一斉に有料試写会、その後は全国各地の公共ホール等で自主上映方式で順次公開していくとのこと。製作協力券は1枚1000円で販売しています。

問い合わせ先:
 「えっちゃんのせんそう」製作委員会
 東京都中央区築地2-10-4 築地ミカサビル8階
 (有)インディーズ内  電話:03-3524-1565

「中国残留孤児」・「中国帰国者」手記募集の呼びかけ

 現在の日本社会の中でほとんど聞かれず、当事者たちの高齢化に伴って歴史の闇に消えようとしている「中国残留孤児」らの声を集めようと、「残留孤児」二世の大久保明男氏が体験談、回想録、手記を募集する呼びかけを行っています。以下、氏の叙述を要約する形でご紹介したいと思います。集まった資料の一部は氏の主宰する同人誌、『北辰』に連載されていますが、将来的には整理・編集して書籍とし、「中国残留孤児文庫」を創設する計画とのことです。
 当センターホームページ『掲示板』に載った氏の呼びかけに対し「残留孤児」二世、三世の側から大きな反響が返ってきました。彼らにとって、これは<自分の生き方の問題、生きる根元に関わる避けては通れない問題>(<>はメールより引用)であり、手記を集めることは<自分たちの日本社会における存在価値やアイデンティティを明確にするために、自信を持って生きていくために、自分たちの生い立ちや歴史を知る>ために必要な営みと捉えられ、<父祖の体験を知ることによって私たちが解決しなければならない問題も明らかになってくる(例えば老後の生活保障、二世三世の教育問題等)>、という意見が返ってきました。こうした反響を受けて、大久保氏はこの手記の意義を「中国残留孤児」二世、三世にとっての意義だけでなく、日本社会にとっての意義も大きいと捉えています。これはとりわけ私たちにとって重要な点ですが、「中国残留孤児」は、特異な歴史的体験を持つ人々です。戦争があったために4〜50年も中国で生活し、「中国人」に同化した後再び「日本人」に戻るという越境体験を持つ集団は、日本社会において他に例がありません。国家間の戦争と人間の運命、日本人とは何か、異文化交流、日本社会の国際化などの諸問題を私たちが考えるに当たって、「中国残留孤児」の存在は有力な手がかりを与えてくれることでしょう。
 この趣旨に賛同され、お手元に関連資料をお持ちの方はぜひ上記にご連絡ください。

宛先:〒108-0072 東京都港区白金2-4-3-321 大久保 明男
メールアドレス:ohkubo@tmca.ac.jp

多言語情報ニュースレター『東西南北』

 阪神・淡路大震災後、神戸では外国人住民に母語で情報を伝えていく必要性を感じ、市民の手による8言語放送のラジオ局「FMわぃわぃ」がスタートしました。また、「神戸アジアタウン推進協議会」では、暮らしに役立つ情報を多言語にしたニュースレター『東西南北』の定期刊行を始めました。『東西南北』には外国人にとって有用な情報が現在24項目(01.保険制度の基礎知識、04.こどもの予防接種、12.就学援助制度、18.「ドメスティックバイオレンス」について、など)、8ヶ国語(日、英、韓、ベトナム、中、ポルトガル、タガログ、スペイン語)で紹介されており、相談窓口の問い合わせ先も載っています。これらの情報はインターネットでも見ることができ、現在は音声でも聞くことができるよう準備中とのことです。現在『東西南北』の発行は、NPO団体である「たかとりコミュニティセンター」を母体としたコミュニティビジネス組織「多言語センターFACIL」が、社会貢献事業として、同様の組織である「ツールドコミュニケーション」と協力して行っており、希望すれば送付してもらえるそうです。

「東西南北」:http://www.tcc117.com/asiatown/tozainanboku/tozainanboku-top-page.html
多言語センターFACIL:〒653-0052 神戸市長田区海運町3-3-8 たかとりコミュニティセンター内
TEL:078-736-3040 http://homepage2.nifty.com/facil/

いつでも どこででも 始められる日本語学習
−中国帰国者支援・交流センター(首都圏センター)4月生募集のお知らせ−

 4月からスタートする新コースの学習者募集を2月中旬から行います。
 全国どこに住んでいても利用できる「遠隔学習課程」とセンターに通って学ぶ「通所学習課程」に分かれています。「遠隔学習課程」では、テキストやテープを使って自宅で学習する他、郵便やファクシミリ・電話等、通信手段を使った講師とのやりとりを通じて、学習上の支援を得ることができます。周囲の帰国者に是非ご紹介ください。

遠隔課程通学課程
・職訓校入校「中卒程度」…国語・面接・職訓校入校「中卒程度」…国語・数学・面接
・職訓校入校「中卒程度」…数学・面接・職訓校入校「高卒程度」…国語・数学・面接
・職訓校入校「高卒程度」…国語・面接・就職対応(会話)コース ★
・職訓校入校「高卒程度」…数学・面接・パソコン超入門コース ★
・就職対応(会話)コース・運転免許取得(学科試験対応)コース
・運転免許取得(学科試験対応)コース・基礎日本語文法文型コース
・漢字学習コース・サロン日本語コース
・近隣交際(会話)コース・近隣交際(会話)コース

◇「通所学習課程」の学習期間は概ね6ヶ月です。★印のみ3ヶ月の予定
◇「遠隔学習課程」では、自分の生活状況に合わせ、ゆっくり学ぶことも、速く学ぶこともできます。
◇教材費:1世世帯は無料、2・3世世帯は自己負担。

詳細についてのお問い合わせや資料請求は下記まで。
〒110-0015 東京都台東区東上野1-2-13 第百生命東上野ビル6階
 中国帰国者支援・交流センター 受講生募集係
 TEL:03(5807)3171・3173 FAX:03(5807)3174

………………………………………………………………………………………………

なお首都圏センターの他、近畿センターでも4月から新コースがスタートします。学習内容が一部異なりますので直接下記宛てお尋ねください。
〒530-0026 大阪府大阪市北区神山町11-12
 近畿中国帰国者支援・交流センター
 TEL:06(6361)6114(代) FAX:06(6361)2997

ニュース記事から (H13.9.18〜H14.1.10)

09/18 残留孤児の養父母8人来日 11日間の日程で孤児宅訪問や都内観光
10/04 厚労省 「中国帰国者支援・交流センター」を東京と大阪に開設
10/23 中国残留孤児、対面調査の3人が11月11日来日
11/10 高校進学編入・いじめ・ドロップアウト 永住帰国後の孤児の3世たちに厳しい教育の壁
     東京の大学生たちが支援のための〈子どもメイト〉設立
11/14 対面調査の魏清嶺さん、千葉の男性のおいと判明
11/14 集団一時帰国の中国残留孤児16人、訪日対面調査の3人と合流
11/16 残留孤児らが中国帰国者支援・交流センター見学 浅草寺見物
11/18 残留孤児ら大阪見物 大阪センター等見学
11/19 一時帰国中の宣桂蘭さん、新たに対面調査へ
11/19 終わり見えない肉親捜し いまだに毎年100人が「私は日本人だ」
11/20 宣さん身元判明、長野の男性の妹
11/22 残留孤児ら所沢センター見学
11/27 祖国への思い胸に離日 中国残留孤児19人
11/30 ★〈中国帰国者定着促進センター長野分室〉閉所式と修了式★
     長野分室は開設以来7年半で99家族328人の修了生を送り出してきた
12/03 熊本の残留孤児家族の在留許可、実子ではないと取り消し
12/03 不法入国容疑、日系人装った中国人89人摘発 残留孤児も
12/07 残留孤児、戦後責任問い3人が提訴 東京地裁
     この他にも「中国・養父母謝恩の会」などが集団訴訟の準備
12/19 中国残留孤児 朱桂琴さんの身元判明
12/29 熊本の残留孤児家族、強制送還の執行停止認める 福岡地裁

事例紹介

日本の保育園に入って −雛たちが日本社会との接点を作る−

 帰国者一世の高齢化につれ、近年小さな3世たちの姿が増えてきた。両親が、就職或いは日本語学校や職業訓練校などに通うため、雛鳥たちはいわば1人で、新しい世界「日本の保育園」に入園することになる。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

虫が「特効薬」?

 ちょうど1年前、所沢センターを巣立って行ったY市のM君は、保育園に入るや否や日本文化と中国文化の間を行ったり来たりさせられることになる。
 「うちの子の入園はちょうど真冬でした。もともと中国の北方で生まれたから、冬はいつも厚着をさせていました。ところが、保育園に迎えに行くと、いつもビックリするほどの薄着になっているんです。次の日もまた次の日もこの繰り返しでした。そしてある日、先生が「これはちょっと着せ過ぎよ。脱がしても脱がしてもまだ穿いているので、数えたらももひきを3枚も穿いている。これじゃ、汗をかいてかえって風邪をひくわよ」と一言。これを聞いた私の方もまたビックリしました。中国では薄着のほうが風邪をひくと誰もが思っていますからね。でも、こんな小さな事にも、先生が真剣に取り組んで毎日対応してくれていることに感謝しています。こういう意味では日本の保育園の先生は責任感が強いですね。親としても安心して預けられます。ただ、日本の子どもの目に余る薄着にはまだ抵抗がありますけど」、遼寧省出身の31才のLさんは言う。「抵抗はあるけれどできるだけ薄着にさせています。ここは日本だから早く子どもを保育園に慣れさせないとね」
 今年5歳になるM君、「厚着事件」以外に先生や親をひどく心配させる出来事を起こした。
 「園の生活サイクルに慣れず、昼寝ができない状態が続いていたある日、みんなが寝静まっている中、突然この子がべらべらと中国語を喋りだしたらしいんです。先生はもちろん中国語が分からないので、日本語で声をかけても反応がなく、自分と会話でもしているように、ひたすら中国語をつぶやいていたそうです。友だちとも自由に喋れず、言ってる事も聞き取れない日々が続き、子どもながらにもストレスがたまっていたんでしょうね。先生も「もしかしたらこの子、少しおかしくなっちゃったのでは?」と心配したそうです。私もこの話を聞いて真剣に悩みましたが、どうしたら良いか分かりませんでした」
 季節が変わり、園庭にいろんな昆虫たちが顔を見せ始めるとこの状況は一変した。「この子は前から虫がとても好きなんです。他の園児たちと共通の楽しみが見つかったことで、保育園の生活にも急速に馴染んでいったようです。もちろんホッとしましたよ、親としてはね」。どうやら男の子の「虫好き」は国や文化の違いには無関係のようだ。
 その後は、目立った問題もなく元気に保育園に通っているM君が習いたての日本の歌を照れくさそうに歌ってくれた。「今ではちょっとしたバイリンガルですよ」Lさんは自慢気に微笑んだ。
 「園側の特別な対応は、入園して初めての父母参加の行事「お楽しみ会」に主人と3人で参加したのですが、私たちを園全員に紹介してくれました。そのうえ、家族で中国語の歌まで披露するはめになりましたよ。また、担任の先生は机にいつも中国語の辞書を置いていました。私が「連絡帳」に不慣れな頃は、簡単な中国語を書いてくれたり、私がわからない事があると、すぐに辞書を持ち出し、わかるまで何回も説明してくれたりしました。僅か、これだけのことでも私にとっては大きな助けとなりました。すごく嬉しかったです」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

保育園は「日本語学校」?

 「正直に言って所沢のセンターを出てから私はずっと日本語学校に通い続けているにもかかわらず、あまり日本語を話すチャンスがありませんでした」Lさんと同期で、H市に住むKさんはこう語る。「家ではもちろんのこと、学校でも先生以外みんな日本語があまりできない人たちがほとんどです。だから普段はだいたい中国語を使っています。このままだといつ日本語が話せるようになるのだろうと悩んでいました。ところが、子どもが保育園に入園してからというもの、送迎時はもちろんのこと、保護者参加の活動など必ず日本語を使わなければならない場面がいっぱい出てきました。特に園と家庭を結ぶ「連絡帳」は日本語の勉強にとても役立ちます。先生の返事を読みながら、以前、教室で勉強したことがある文法がこう使われてるとか、あの文型は単語を入れ替えるだけでこんなに言いたい事が表わせるようになるのかなど「目から鱗」の毎日です。初めて学習の喜びを実感しています。これもこの子のお陰ですね。感謝していますよ!」Kさんの声は弾んでいた。
 「これからもできるだけ父母の会や保育園の行事には積極的に参加していきたいと思っています、貴重な機会ですからね。入園してすぐのクラス懇談会では聞くだけで精一杯だったんで、次の懇談会では発言もしたいですね。今から楽しみにしています」
 親の後ろ姿を見ながら日本にやってきた雛鳥たち。慣れない異国の地で、小さな羽根を精一杯羽ばたかせ、いつの間にか周囲の大人たちをも動かし、変えさせながら国や異文化間の距離を縮めている。

(小松)