中国名 読み仮名 性別 終戦時推定年齢 離別地点 血液型 年度
01006 王 慶忠 おう けいちゅう 三江省樺川県
写真
日本名  
家族構成  父、母、兄夫婦、姉3人
父母の職業  三江省富錦県の開拓団
離別状況等  ソ連参戦後、三江省佳木斯市付近の駅で、兄夫婦、姉達は汽車に乗ったが、母と本人は汽車に乗れなかった。その時、多勢の人がいて母とはぐれた。その後、若い日本婦人と12歳の女の子と本人の3人で同省樺川県双廟屯に着いた。そこで、中国人孫により、王家に連れていかれた。
日本での生活状況  
中国での生活状況  家には、赤毛の馬一頭と白馬が一頭いた。また、開拓団の東に部隊、北に学校があり、学校までかなり離れていた。20年の春、学校の屋根から餅がまかれたことを憶えている。
保有資料等  
身体的特徴  左膝に火傷のあと。頭の後ろが約3センチ溝のようにへこんでいる。