T 座談会
 
 神奈川で多文化共生社会を実現するために
 
 
 
司 会:加 藤 彰 彦  氏(横浜市立大学教授)
発言者:豊住 マルシア  氏(L.A.L.外国語相談員)
    宇 土 行 寛  氏(愛川町民生委員児童委員)
    三 浦 知 人  氏(川崎市ふれあい館)
    松 村 修 一  氏(大和市社会福祉協議会)
    キャサリン.テグマイヤー.パク 氏(シカゴ大学大学院)




 神奈川において在住外国人の方々が生活しやすい地域をつくり、多文化共生社会を実現するために、どのような取り組みが必要か、何が問題かを指摘していただこうと座談会を開きました。ご自分の実践をふまえ、この冊子にあるオーストラリアの事例をどのように読むか、活発な意見が交わされています。
【加藤】 それでは早速、この資料の使いどころ、ポイントをおさえたいと思います。第一に「情報提供」です。日本に住む外国人の方たちは情報をなかなか得られない状況にあります。行けば必ずほしい情報が手に入る情報センターの役割は大きい。第二に「バイリンガルワーカー」や「コミュニティ・ワーカー」の配置です。こういう人たちはもっと増えてほしいと思うし、養成、身分保障を十分にできたらいい。第三に「当事者性」。様々なサービスや活動の展開が、外国人の方たち自身にとって本当に役立っているのかという視点があります。このことは地域づくり、交流の問題にも関わってきます。その他にも財源などいくつか論点があるかと思います。
 


この資料をどう読むか
【三浦】 住民自治の観点から共生社会をつくりあげなければいけないと、ようやく、自治体はどちらに顔を向けているのか問われ始めたところです。国や経済界とどう対峙しながら地域社会をつくっていくのか、自治体を巻き込んだひとつの運動として展開せざるをえないと思っています。
 しかし実際、地域社会は排他的状況も強く、地域社会の人たちの理解が得られないことに直面します。治安管理という発想が地域社会にも自治体にも強いのです。
 オーストラリアのレポートには、実態から政策化するというスタイルが読み取れ、日本の状況との違いを感じます。日本の官僚や自治体は自分の側の作法で、実態からスタートする作法が不十分です。まず官僚の体質を変えることが必要です。あらゆることに違いがあると感じながら読みました。
【加藤】 実際、この実践の過程には市民運動とか教会の活動が、1989年以前も民間レベルでいろいろな運動があったようです。日本に比べて長期的な取り組みがあった。
 


神奈川で何をつくろうとするのか
【キャサリン.】 オーストラリアと日本では国の政策が全く違います。国民の法律、制度に対する基本的な考え方も違います。これは大変大きな要素です。
【加藤】 その違いは十分認識しておくことですね。ただ、自治体の姿勢を変えていく可能性はあるし、地域社会のつくり方や様々な活動の工夫の仕方、考え方には参考になるところが多分にある。実態から仕事をつくりだすことをカブラマタ地域は見事にやっているわけで、その点は神奈川でも学んでいく必要のあることだと思います。
【キャサリン.】 誰にどのようなサービスを提供しようと制度をつくるのか、明らかにしなければいけないと思います。日本では外国人の定住化が現在始まったところで、これからさらに進むでしょうが、まだそんなに進んでいない。来ている人たちの状況、ニーズはカブラマタ地域と全く同じではないはずです。全員に十分な支援ができるにこしたことはないけれど、たとえば、数百人の子どもが困っていても問題の規模としてはまだ小さい。子どもを育て、その子どもたちがいろいろな差別に遇い、社会的にこういうことが必要だということを明らかにしていく、そういう時期なのではないですか。神奈川県社協が1993年に行った在住外国人生活実態調査もあるわけですから、それらを活用するなどして。
【三浦】 在日はすでに3世の世代です。ニューカマーといわれる人々の今そしてこれからの生活課題については、在日朝鮮・韓国人問題の歴史と実態を見据える視点が必要だと考えています。
【豊住】 キャサリンはニーズが違うと言うけれど、どこが違うの?実際、生活場面で同じようなニーズがあがってきているのに。
【キャサリン.】 マルシアさんは日本の生活に入り込んでいるので、具体場面に詳しいと思います。でもスケールを考えても全然違う。制度や施策にしていくには数万人規模が必要です。交渉する時ポイントになります。在日の人たちの問題とも違うでしょう。
【豊住】 義務教育課程で日本語の補習を必要とする子どもは、全国で92年5,000人、95年11,542人にのぼります。94年のデータによると、神奈川の外国人登録者数は148カ国で103,513人です。
【キャサリン.】 わかりました。でも、やはりオーストラリアと全く同じとは思えないのです。来ている人の目的、法律上の立場があまりにも違いますから、ニーズも違うと思います。だから、このレポートを活用する際には、どのニーズは同じで、その充足の工夫はどの部分を活用できるか、丁寧に検討する必要があると思います。
【豊住】 神奈川でカブラマタと同じセンターをつくろうというのではありません。多文化共生社会をつくる際の拠点のあり方を考えたいのです。
【加藤】 定着する人はまだ多くないという指摘は、たしかに留意することがあると感じます。ただ人権の考え方、交流の仕方も、このようなセンターがつくられていくプロセスで変わってくると思うのです。そこで働く人はどういう対応をするか、そして民生委員はどうなるか、地域をつなげる役割を果たす社協はどうか、検討しておきたいですね。
 


「情報提供」というけれど…
【宇土】 情報提供の方法として週間ニュースの発行やラジオが出てきましたが興味深かったですね。昔、ハワイへ日本人が移民で行った時にも「ハワイ新聞」があった。今も発行され続けているはずです。私がまだ小学生の時に伯父がハワイへ渡り、おみやげにその新聞をもらいました。それからアメリカのローカル・ラジオの多様さですね。日本にあまり地方局はありませんが、神奈川でベトナム語放送などを何時間かやれないものでしょうか。
【豊住】 オーストラリアには約110カ国語のラジオがあるのです。各国語が時間帯で確保され、ニュースや社会サービスの説明、異文化理解のためのインタビュー番組など、様々なプログラムを放送しています。
【宇土】 アメリカの選挙も情報が徹底して流されますね。選挙権があるから。
【キャサリン.】 免許証も多言語ですね。シカゴではテレビも新聞もポルトガル語、スペイン語、ハングルと当然のようにあります。日本にもありますね。新聞はポルトガル語もスペイン語も中国語もある。4月から東京のFMラジオで英語以外の7カ国語放送を開局する話も聞いています。
【豊住】 オーストラリアのメディアは、外国人のマイナス面を協調することが多かった。そこでメディア関係者がもっと実態を知るようにと、人権及び機会均等委員会は講座を企画し働きかけました。またメディア専攻の学生たちから一人ずつ、1年間研修生として受け入れ、何に配慮しなければならないか伝えています。
【三浦】 日本でも情報提供のために翻訳されたリーフレットはいくつも出ています。しかし一世の人たちは字が読めない。日本語でも朝鮮語でも教育を受ける状況にありませんでしたから。在日の実態を無視して朝鮮語に翻訳すればよいというものではありません。それより日本語でふりがなをつけて、わかりやすい文を書く方がよほど有効です。
 また、今の日本社会の在住外国人問題で何が必要かといえば、資格外で住んでいる人への情報提供です。94年5月時で294,000人が把握されています。彼らが一番人権を奪われていることはみんな薄々知っているのに、生活者として人間として保障するという視点で情報提供されません。
【豊住】 取り組んでいるのはボランティアや教会、「みずら」などいくつかのNGOくらい。
【三浦】 少なくとも自治体は「不法入国者」と言われる人たちへの情報ルートを確保し、人権は守るという姿勢を近年のうちに示す決断が必要だと思います。
【松村】 情報提供には総合相談窓口が必要かと思います。しかし、ややもすると形作りに終始し、生活実態やニーズに応じた対応ができないことになります。生活実態やニーズを綿密に調査した上で、問題解決のために必要な情報や支援を整備しなければなりません。それには専門スタッフの確保や養成を含めて相当、計画的な取り組みが求められますね。その取り組み方がまだ徹底して明らかにされていないのではないでしょうか。
【豊住】 オーストラリアでナショナル・アジェンダは、政策を打ちだす前に全国を回って各コミュニティのリーダーの聞き取りをやりました。
【加藤】 地域の実態調査をじっくり行って、ニーズに合わせた地域づくりを政府を含めてやることが大事だというのですね。
【松村】 窓口を設けスタッフを揃えたものの、深刻複雑化した相談者の問題に対応できなくて、ただ他機関につなげるだけの現象が起きないかと心配するのです。
【豊住】 スタッフを置くだけでは問題は解決しません。カブラマタ地域は通訳もスタッフも外へ出て、信頼関係をつくっていくという方法に変えました。
【加藤】 ニーズを吸い上げるルートはいろいろあっていいと思います。在住外国人の生活を支援するボランティアも大勢います。そういう方々が代弁者として動くこともあるでしょう。
 


在住外国人ゆえの専門性〜身分保障の必要〜
【豊住】 私の仲間たちは、かなりのことをボランティアとしてやってきました。ブラジルのコミュニティ、ベトナムのコミュニティ、ラオス・カンボジアのコミュニティなどで、通訳を兼ねて、相談された問題を関係機関へつなぎました。
 通訳として学校で活動する人もいます。学校の中で人間関係ができると、次の問題を持ちかけられます。学校の管轄ではない生活の問題も、言葉がわからないから、そこへ持ち寄ることになるのです。しかし継続的に関わるのは難しい。通訳が制度的に位置づけられていないため、自分の生活のために、他の仕事をしなければならないからです。そうすると、その人しかできないことが壊れてしまいます。コミュニティにとって大きなマイナスなのに、そうしかできない。私はそれがすごく残念です。
 仲間の一人は定住促進センターの職員になったので、ある程度ボランティア活動もできるようになりましたが、身分保障のない場合はそれもできません。全部、持ち出しになります。できるものもできなくなってしまうのです。
 全部の市町村に必要とは思わないけれど、広域なり中心となるところに身分保障のある者を置くことはすごく大事だと思います。他の地域を助けることができるから。
【加藤】 そうすると、川崎市にふれあい館ができ、職員の身分が保障されていることはものすごく大きな意味がありますね。ふれあい館のようなものができた時に、在住外国人がその職員や相談員として参加すると、いろいろな仕事があると思いますし。特に自治体は外国人職員の身分保障の問題に取り組まなければならないと思います。
 


コミュニティワーカーと民生委員
【加藤】 ここには単なる通訳でもソーシャルワーカーでもない、コミュニティワーカーという役割が出てきます。地域の実情に合わせて一緒に考え行動する。そういう意味では、日本における民生委員はまさにその役割が期待されますね。
【宇土】 本来のあり方からすれば民生委員によく似ています。それぞれの立場をふまえて専門的に対応する素晴らしさに感心しながら読みました。しかし残念ながら、今の民生委員の状況を一歩進まないと、とても期待できないと思います。
【加藤】 何が問題になっているのでしょうか。
【宇土】 意識です。目の前で事が起きないと行動を起こさない傾向がまだまだあると思います。
【豊住】 市町村によって違うと思いますが、私の地域はだいたい一定の生活階層に属する奥さんが民生委員です。だから貧しい者の気持、困っていることがあまりわからない。
【宇土】 新しいことを始めようとすると消極的な姿勢で足を引っ張る人が必ずいる。それは意識改革をしないと絶対変わりません。もうひとつ老齢化の問題もあります。今の民生委員制度でこれだけのことをやれる人はいないと僕は思います。
【加藤】 国が委嘱する制度ですが、日本で民生委員をコミュニティワーカーに位置づけるとしたら、どこが選出するかも問われますね。たとえば、三浦さんなどが民生委員になるのは可能ですか。
【三浦】 不可能でしょう。(笑)
 


当事者の生活実態をふまえたサービスや事業の立案
【宇土】 ドラッグやアルコール問題への対応と言いながら、注射針交換をサービスのひとつにしていることに驚きました。日本では考えられない。断固としてドラッグ、麻薬をやめるよう働きかけるのが常識でしょう。
【加藤】 現実にみんながやっていることだとすれば、はじめから悪い奴だと捕まえるのでなく、ワーカーが接触し支援活動をスタートさせる。そして、もし本人がやめたいなら公的に援助する。深夜バスサービスを立案し、相談、情報提供、医療サービスを行なう。このへんのアプローチの根底にひとつの考え方があるように思います。当事者の生活をまず見るということですかね。
【豊住】 このサービスを実施するには、オーストラリアでも反対が出ています。
【キャサリン.】 今でもそういう意見はあると思います。
【加藤】 様々な事業や活動が2年毎に見直され、これはおかしいとなれば内容を変えたり中止したりする体制がとられていますね。
 またカブラマタのサービスやスタッフはニーズに合わせて実施や勤務時間をかなり自由に使い分けている。夜必要ならば夜行き、昼間は休むということをやっていますね。
【豊住】 深夜バスのスタッフは年間で何時間、月に何時間と、昼間カウンセリングを学ぶ等して新たな仕事の仕方を探っています。
【加藤】そこが興味深い。生活ニーズに合わせて仕事の中身も対策もつくっていく、これば学ぶべきだと思います。
 


地域づくりと多文化共生
【宇土】 愛川町にもボランアィアグループがあり、カブラマタ・コミュティ・センターの活動に重ねてとらえられます。しかし、その活動が地域の中でなかなか見えてきません。
【豊住】 センターの大きな役割に、異文化を背景とした人たちのコミュニティと一般のコミュニティとの交流があります。
【宇土】 初めは同化させようとした、それに反発が出たとレポートにありました。たしかにそれでは彼らの文化を尊重して一緒に生きることになりません。我々はそういう感覚に欠けていると思います。それから、少数の人たちに対する配慮が足りず多数決で一方的に決めてしまうこともあります。
【三浦】 このレポートには、その人が自信をもって生きていく人権意識、自己実現のための交流が打ち出されているのに、なぜ日本の国際交流センターにはそのような理念が備わっていないのか不思議です。こんなに在住外国人が困難を抱えているのに、交流といいながら力になれない。ある意味で交流は、生活水準の高いところで笑顔で行われ、困難を抱えている人たちをさらに追いやる結果をつくっているのではないでしょうか。どの国際交流センターも大きな予算を使っているのですから、真の交流という理念をしっかり掲げてほしいと思います。
【加藤】 愛川町では、民生委員に外国人支援担当者をつくり、まず一緒に食事会をしましょうと始めましたね。
【宇土】 町行政が予算をつけてくれたからです。仮に私がやろうと言っても、お金がなかったらできません。自分たちで金を出してまではしない。
【加藤】 町長が認めたのですね。行政、自治体とのパートナーシップで、理解をしている人が一人でも二人でもでてくれば活動もしやすいわけですね。愛川町にこのような文化交流のセンターをつくり職員を置きたいと要望したら、可能性はありますか。
【宇土】 ようやく住民課にスペイン語とポルトガル語の通訳を置いたところです。行政がこの先どこまでやるのかはわかりません。昨年、県と共催で大きなイベントをやりました。しかし後が続かない。日常的な仕事として定着しないのです。
【加藤] この本を出す一番のねらいは、センターが地域で生まれ、そこを拠点として様々なことが始まった。それを神奈川県でも地域から一つひとつ始めるきっかけにしたいということにあります。
【宇土】 僕は大和市にもっとも可能性があると思います。様々な機関があり、熱心な民生委員もいる、ボランティア・グループもある。
 


たとえば大和市で考えてみる
【加藤】 そのへんから大和市を例に、地域づくりはどう進められるか、センター設置はできるか、そういった可能性や問題点を考えたいと思います。川崎市に続いて大和市でも取り組めそうに感じるのですが。
【宇土】 そう思います。民生委員も社協も大和市ならではの積極性、先進性がありますから。
【松村】 大和市のある地区に在住外国人が多く住んでいて、民生委員が日常生活上の問題に応じています。そのような中、地区住民の交流会を開催するなど取り組んできました。
 社協はノーマライゼーションの理念に基づき、高齢者、障害者、外国人に相通じる問題をとらえ、外国人問題を特別視しません。地域住民、地域の生活者ととらえることで、様々な活動を起こしていくことが自然だし、外国人の方も参加しやすいと思います。また彼らの抱える問題は表面化していず、私たちは把握しきれていないこともあります。
 たしかにコミュニティ自体が外国人に偏見差別を持っている実情はあります。偏見差別があるならそれを取り除くべく、日本人の住民も参加する場面をつくっていかなければいけないと考えるのです。お互い理解することは重要です。それで今、小さなコミュニティにできることは、交流会というイベント等の活動です。
 多文化交流センター的なものをつくるには、財政問題が関係してきます。現実的なのは既存の機関で取り組める部分を明らかにすることだと思います。そうなると、大和市では国際化協会を中心にすえ、行政、社協他、各主体は何ができるのかを見い出していくようになるでしょう。 そのために現在ばらばらの関係者を同一のテーブルに着かせ、一緒に考えることが必要です。そのような中から、役割分担や新たな活動のあり方を見い出す。そこがスタートかと思います。
 市域でネットワークを持ち、在住外国人の生活問題を表面化させ、それに対し各分野、関係機関で何ができるのかできるところから方策を打ち立てていくことしかないと思います。
 


外国人を理解するということ、支援のあり方
【三浦】 日本社会には、外国人を犯罪予備軍とする見方があります。それは外国人が社会的に統合されていない実態を反映した偏見だろうと思います。
 「交流」を口にし、楽しい外国人との出会いを演出しても、一方で犯罪予備軍的見方と置かれた実態に目をつむっていては、「交流」に乗らない外国人は「わるい外国人」というレッテルをはる作業になってしまいます。人権とか在住外国人の差別状況を視点に据えなけれぱ、在住外国人支援といいながらも、いいものはできないという実感があります。
【加藤】 コミュニティ・センターは単に交流だけでな〈、実際の人権侵害、例えば犯罪を犯したらそれはいけないと言うだけではなく、なぜそうなったのかを考え、その人たちと一緒に権利を獲得していく動きもしなければいけません。
 多文化共生をもっと大胆に出すべきだと思えてきますね。特に子どもや青年たちの問題は重要です。自分は何者かよくわからない、アイデンティティーについて苦しんでいる。そのへんのところを十分に視野へ入れ支援策を考えなければいけませんね。
 


アイデンティティーの確立子どもたちへのへ支援
【加藤】 その点もカブラマタの実践に学ぶことがあると思います。日本でもかなり青少年問題が起きているし、学校に行けない状況もある。在日の子どもたちは3世になっています。彼らが民族としての自覚を持っていくことが大事なのか、もっと違うことが求められているのか、難しい課題となっています。若者たちを支援する際、いったい何を目指せばいいのか、意見を聞きたいのですが。
【豊住】 私が今関わっているのはベトナムの子どもたちと、ペルー、ブラジル、アルゼンチンの日系人の子どもたちです。子どもたちはアイデンティティーに新しいものを求めます。親から継ぐ部分を排除はしないけれど、親と全く一緒では物足りない。プラスアルファしたもので自分があるという状態がうまくいっているケースです。
 ベトナムの家族の例でいうと、親は家の中ではベトナム語を話してほしい。子どもはベトナム語を話せても、書けない、読めない。また、家の中ではベトナムの生活習慣にならっても、家の外、地域の中では日本の子どもと変わらないところを持っている。それが彼女自身、彼自身であり、自然に育った部分だと思うのです。
 悩むのは、親の習慣だけで生活を占められているケースです。ブラジル人だから、こんなことはおかしいという親のもとにいる子どもは相当悩んでいます。ある女の子はバイリンガルを維持することが困難です。日本語の概念とポルトガル語の概念との使い分けを、うまくいく子どもといかない子どもとがあるのです。親はブラジルへ帰る時に困るからとポルトガル語を強制しますが、その子はうんざりしている。私はポルトガル語が嫌いだと苦痛になってくるのです。自然に楽しく身につけばいいのだけれど、そうはいかない。
 またブラジルで女の子はイヤリングをするなど、いつもかわいくしていなければならない。子どもをお人形のように考えるのです。でも日本の流行は違います。ミニスカートは寒いし。子どもは周りの友だちみたいにしたいので悩むのです。彼女は日本へ来て4年になりますが、そのような問題が深刻になってきており、私たちは親と話をしなけれぱならないと思っているところです。
【キャサリン.】 親は帰る時のことを考えるので、ギャップが生じるのですね。
【豊住】 子どもは親が言わないかぎり、帰ることを問題にしません。彼女は日本の生活にうまく適応しているから学校も楽しい。ある程度、子どもに選択権をあげなければならないところがあります。親がブラジルへ帰っても、私は日本にいると彼女は言います。
【加藤】 結論は難しい。どちらにしても現実の当事者である家族、子どもと一緒にその問題を考え、どういう支援をしたらいいのかを求めることになりますね。今後さらに問題が出てくるでしょう。ワーカーは、現実の生活実態からどういう支援が適切なのか判断が求められます。その意味でも重要なことです。
【三浦】 よくわかります。在日2世は自分の親と、社会の価値観、民族差別の中で自分たちのアイデンティティーを探ってきました。3世4世の子どもになると、文化的な状況はほとんど日本人と変わらなくなっている。それでも川崎市ふれあい館に来る青少年たちは朝鮮語がわからなくても、とにかく朝鮮人として生きると言い切る。これはある意味では人間としての宣言、人権宣言です。本名を名乗る子も名乗らない子も高校生や大学生のそれなりの時期に、自分は何者であるか、自分らしさを確立する作業を手伝うことが私たちの仕事の大きな柱だと考えています。
 1世の人たちは、同世代の日本人から大変な差別待遇を受けてきました。その人たちにふれあい館という日本語を勉強しながら朝鮮人として生きる拠点ができた。そこでは、自分たちの知っている日本人とは違う同世代の日本人のお年寄りが日本語を教えてくれる。このように同世代の人々との正常な関係を体験する中で、自らの人間性を回復していっていると思います。
 拠点も必要ですけれど、閉ざされた民族的な空間にその地域社会の開放があるのではなく、生活場面で同時代の日本人と関係を持ち、自信をもって自らを表現する場面がないかぎり、人間性の回復にはならないと私は思うのです。そのような意味で、人間性を獲得していくプロセスで、交流が必要だと思います。
【豊住】 たしかにそうです。日系人社会が現地社会との交流がなく閉鎖的であったために、育たなかったことでもあります。伝統的な生活の空間を守ることはできたけれど、そこから進むことはできなかった。南米には今でも、明治生まれの日本人がつくった日系人社会を継承しているところがあります。これから日本から帰っていく人たちがそれを変えていくかもしれないけれど。
 


まとめ〜具体的な行動を〜
【加藤】 情報設備の必要性、専門ワーカーの確保、当事者体位の活動のあり方を中心にお話を伺ってきました。
 僕が一番重要だと思ったのは、在住外国人の方々の生活実態、ニーズを把握するということです。そこからスタートするのだとあらためて思いました。生活ニーズに合わせて活動を展開し施策化することの大切さです。
 実際、政策立案は自治体が行うので、やはり議会、政治が動かないとできない。今まで考えてきた事柄を政治、議員あるいは議会とつながって打ち出すことも必要になると、今回相当学びました。政策に位置づけられれば予算もつくし、職員の身分保障もできる。一歩一歩、多文化共生社会に近づくことも可能ではないかと感じました。カブラマタの前例を全く真似することはできませんが、神奈川県の中でも、できるところから一つひとつ、地域の特性に合わせた活動を始めていければいいなと思います。本日はどうもありがとうございました。