語彙分析用データに関する報告

三宅ちぐさ・田中洋子

はじめに

 今回の研究目的、「日本語を母語としない児童を教科学習に入りやすくさせるための日本語テキスト作成」を達成するためには、あらゆる語学的研究分野からの分析・研究を踏まえる必要があることは言うまでもないが、その中でも特に語彙は重要である。なぜなら、日本語を母語としない児童は、日本語を使用する社会に何の準備もなく参加せざるを得なくなるケ−スがほとんどであるからだ。そういう状況にある児童に対して、より体系的に、先を見通した必要最小限の語彙指導を行うことができたら、教科学習に入りやすくなるのはもとより、心理面に対しても大きな手助けになると考えられるのである。
 義務教育で用いられる教科書などの語彙調査報告としては、すでに、中高の理科・社会、小学校6年生全教科、小学校国語1、2年を扱ったものなどがある。そこで今回は、教科学習への参加が他の教科より比較的困難だという小学校国語教科書を全学年にわたって扱うこととした。
 補足:既にデ−タ入力が終わり、分析段階であった平成8年5月、財団法人教科書研究センタ−の委託研究による『小学校教科書の学習内容に関する用語・用法などの言語表現等に関する調査研究
−−国語科教科書を中心とした他教科との関連及び発達段階を視野において−−』の国語のデ−タを閲覧させていただくことができた。このデ−タは、小学校における全学年について、平成4年の東京書籍と光村図書の国語教科書の使用語彙を全て調査するためのものである。しかし、対象とする単語や設定項目などに相違があったため、別途、調査は続行することとした。

1、調査目的

@小学校国語教科書に出現した語彙を量的な構造として把握すること。
A日本語を母語としない児童を国語の学習に入りやすくさせるための指導用補助教材を作成することを目指した語彙的分析を行うこと。

2、調査資料

@平成3年文部省検定済 小学校国語教科書
 国語     栗原一登ほか   光村図書出版 1年から6年の各上下巻 12冊
A平成7年文部省検定済 小学校国語教科書
 国語     栗原一登ほか   光村図書出版 1年から6年の各上下巻 12冊
 ただし、Aの場合は、新たに加えられた教材、及び@に比較して大幅に書き換えられた教材のみを調査する。また、@A共に、以下に列挙する部分は、原則として調査範囲から除外した。
 ・表紙・目次
 ・巻首に掲載してある写真に付された説明
 ・欄外の漢字注
 ・巻末の漢字表
 ・図表等 例、 五十音図・かたかなの表など
      例外、言語表現を主とするものは除外しない。
 ・挿絵に含まれる部分
      例外、本文と重複しない内容の場合などは除外しない。
 ・文字練習用の手本
 ・語注・注記
 ・著者名、画家名等の人名
 ・インタビュ−や脚本中の話し手を示す人名
 ・解答を特定できない空欄埋めの問題文
 ・「ひらがなばかりで書くと言葉の切れ目がはっきりしないので文の意味が分かりにくくなることがあ」る。(三下 29ペ−ジ上段)その例としてあげられた文
 ・誤用例として掲載された文
 ・本文と重複する作文の下書き見本
 ・「言葉のまとめ」として巻末に掲載された語で本文と重複する語
      例外、*印の付してある「このペ−ジで習う言葉」は除外しない。
 ・例文として引用された本文
 ・引用部分の本文における位置を示すために付された頁数

3、デ−タ作成方針

3-1 使用ソフト
 管理工学研究所 桐 Ver.4
3-2 調査単位
 原則として、いわゆる文節を一単位とする。それは、調査資料とした教科書において1年から2年上の79ペ−ジまでは、次の例のように分かち書きがなされている、そのこととの整合性を重視したためである。
      例、かいて みましょう。  /  やかましい こと、やかましい こと。
3-3 設定項目及び各設定項目のデ−タ作成方針
3-3-1 文節タブレの場合
 デ−タベ−スに設定した項目は、次の10項目である。
@文節 A自立語 B付属語 C品詞 D機能 E文の種類 F文章の種類 G学年等 H頁 I行
 以下に、各設定項目ごとのデ−タ入力方針を記す。
@文節
 ・前述のように、いわゆる文節を一単位として入力する。
 ・表記は、原文に従う。
  ただし、振り仮名は振ることができないため、Kと数字で示す。その示し方は次のとおりである。
   K   該当語の漢字表記全体に振り仮名が振ってあることを意味する。
      例、K屋久島の          屋久島の
   数字  該当語の始めから数えて、その数にあたる漢字に振り仮名が振ってあることを意味する。
      例、K1段落に           段落に
         K12岡山県          岡山県
         K2図鑑や           図鑑や
 ・書名・題名等については、独立的に用いられており、E文の種類でそれが明示されている場合には文節に分け、文中に組込まれている場合には一固有名詞として扱うこととする。
 ・慣用表現の場合は、検索の便を考えて各文節の頭に+記号を付しておく。
      例、頭をひねる           +頭を
                          +ひねる
                        
A自立語
 ・自立語を入力する。
 ・表記は、検索の便を考えて平仮名に統一する。
      例、ホ−ス    ほうす  /  ジャンプ   じゃんぷ
 ・活用語は、検索の便を考えて終止形に直す。
      例、のばしたり  のばす  /  ひろく    ひろい
 ・文中に組込まれている書名等の固有名詞は一自立語として扱う。
 ・何等かの理由で異なる語形になっている場合は、一般的語形も併記する。
      例、なんにも   なん←なに / いいな    いい←よい
 ・接辞を含む場合は、接辞との区切りを/で示すこととする。
   ただし、分割しては使用できないほど固く結合している場合は例外とする。
      例、 おうち            お/うち
         くまさん           くま/さん
      例外、おなか            おなか
 ・「〜の〜」の形の体言相当句のうち、『広辞苑』第四版(岩波書店)で一語扱いにしているものは、ここでも一語扱いにする。
      例、男の子      /      女の子
 ・漢字などの読み、すなわち語形の決定については、次の原則に従って処理する。
   a 同語だが語形にゆれがある場合は、同じ単語と認め統一する。
      例、日本(にっぽん、にほん)
   b 別語で意味が違う場合は、文脈から読み分ける。
      例、一行(いっこう、いちぎょう)
   c 別語で意味が同じ、または近い場合は、文体的価値等から判断できるなら読み分ける。その他の場合は読みの優先順位を決定する。
      例、四十(よんじゅう、しじゅう)
B付属語
 ・種類別に中黒で区切りを示すこととする。
      例、だよ     だ・よ  /  れると    れる・と
 ・いわゆる助動詞に、助詞「て」「で」「ば」、助動詞「う」「た」「ず」「ん」などの付いたものは、それを含めた全体の形を入力する。ただし、各語に分割し、終止形に直した形をも後の括弧内に示すこととする。
      例、でしょう            でしょう(です・う)
        ません             ません(ます・ん)
C品詞
 次の7品詞に分類し、更に下位分類する。品詞の判定には『広辞苑』第四版(岩波書店)を参照した。
  名詞・動詞・形容詞・連体詞・副詞・接続詞・感動詞
 名詞  ・いわゆる形容動詞語幹の場合は、名詞/形容動詞と入力する。
      ・下位分類として、名詞に続けて以下の事項を入力する。
       数詞
       代名詞、括弧内に指示代名詞・人称代名詞の別を付す。
            入力にあたっては、代(指示或は人称)と略す。
               例、ぼくら    名詞代(人称)
       転成名詞 入力にあたっては、転成と略す。
       固有名詞 入力にあたっては、固有と略す。
       形式名詞 入力にあたっては、形式と略す。
 動詞  ・下位分類として、動詞に続けて以下の事項を入力する。
       存在
       可能
       授受
       サ変
       補助
 形容詞
 連体詞
 副詞  ・下位分類として、副詞に続けて以下の事項を入力する。
       不定
       程度
       陳述
 接続詞 ・接続詞的表現の場合は、接続成分と入力し、それに続く括弧中にその構成を入力する。
       例、それなのに   接続成分(名詞代それ 助動詞形容動詞型だ 助詞接のに)
 感動詞
 その他
     ・外来語(混種語も含む)の場合は、品詞名に続けて「・外来」と入力する。
       例、ジャンプする   動詞サ変・外来
         スイッチ     名詞・外来
     ・オノマトペの場合は、接辞を除外してA自立語の項目に入力する。又、品詞名に続けて「お」と入力する
       例、文節       自立語     付属語  品詞
         すっとんとんと  すっとんとん  と    副詞・お
     ・長いオノマトペの場合、読点やスペ−スがあればそこまでを一語とみなす。読点やスペ−スがない場合は      全体で一語とみなす。
     ・位相語としては、男女差に着目し、品詞名に続けて「・男性」或は「・女性」と入力する。
     ・色彩語の場合は、品詞名に続けて「・色」と入力する。
       例、みどり      名詞・色
          あおい      形容詞・色
D機能     構文的な観点から設けた項目なので、ここでは触れない。
E文の種類  構文的な観点から設けた項目なので、ここでは触れない。
F文章の種類
     ・本文と課題に二分する。
      本文と課題との分類基準は以下の通りである。
       ・各単元の後に続く読解用の設問は課題とする。
       ・◇印をほどこした部分(何かをさせようとする意図がある部分)は課題とする。
       ・行為をとおして何かを身につけさせようとしている節は課題とする。
        例として示された、詩、作文等のまとまった形での作品は、課題とはみなさないが、課題文の中で示さ れる生徒の作品例などは、一応課題とみなし「課題 作例」「課題 詩例」等と、入力する。
         例、六年下74、89 五年下84、87、三年上105、三年下64、65
       ・類似作品の紹介のための要旨は本文とする。
        書名とその内容は、「要約」「要約 書名」と入力する。
         例、六年上85、87 5年上78、79 五年下52、53 三年下44
       ・練習させることが主体のものは課題とする。
         例、六年上34、35、50、51 5年下34、35 四年上68、69 三年上34、35
       ・説明的な文章が主なものは本文とする。
         例、六年上26、27 五年上34、35 5年下88、89
     ・本文は、説明・詩・物語・作文・要約・語彙・メモなどに分類する。
      さらに、該当部分が各文章中で題目・副題・見出し・小見出し・書名・例文・例などである場合は、その別を入力する。
G学年など
 学年及び上・下巻の別を入力する。
H頁
 ペ−ジ数を入力する。
I行
 行数を入力する。二段組になっている場合は、上・下の別も入力する。
 以上のような語彙調査用デ−タを作成したのだが、KWIC(文脈付き用語索引)にできなかった点に問題がある。いずれ改正すべきだと考えているけれど、現時点で、この難点を補うためには、次に紹介する文タブレを併用すると良い。
 
3-3-2 文タブレの場合
 デ−タベ−スに設定した項目は、次の 7項目である。
@文 A文節数 B文の種類 C文章の種類 D学年等 E頁 F行

4 調査デ−タの分析

 日本語を母語としない児童にとって、何が難しいのか、どんな手助けが必要なのかを考えながら、前述のように項目を設定したデ−タである。更に今後も、新たな分析項目を加えて行きたいと考えてはいるが、現時点でも種々の観点からの分析が可能である。何点かを次に例示しておく。
@語彙量の分析
 ・延べ語数と異なり語数を学年別・分野別にみる。
 ・使用度数の段階毎の異なり語数と比率を学年別・分野別にみる。
 ・ある使用率までの異なり語数の累計と、それらが延べ語数をおおう割合を学年別・分野別にみる。
A品詞構成の分析・品詞別語彙調査
 ・副詞をみる。    陳述副詞の調査結果については、報告済である。
            「外国人児童のための日本語補助教材作成をめざして
              −−小学校国語教科書の分析−−」岡山大学教育学部研究集録第97号
                                      58ペ−ジ
 ・接続詞的表現・接続助詞的表現をみる。
            報告済である。        上記論文  48、50から54ペ−ジ
B語種構成の分析
 ・外来語がどの程度用いられているかを学年別・分野別にみる。
C表記の分析
 ・振り仮名付きの漢字表記、つまり当該時点において学習していない漢字表記としてどのようなものが出現するかをみる。
D特殊語彙の分析
 ・特定の学年・分野のみに出現する語彙をみる。
 ・同音語をみる。
 ・慣用句をみる。
 ・接辞をみる。
 ・転成した語をみる。
 ・性別による位相をみる。
 ・授受動詞をみる。
 ・語形変化をおこす語彙をみる。

5 分析例

 特殊語彙の分析例として、オノマトペの場合を次に述べることにする。


※論文「小学校教科書におけるオノマトペ−日本語補助教材作成のために−」のこと