バイリンガル教育の可能性 ー中国帰国生の高校、大学進学との関連においてー 文学部 友沢昭江 【キーワード】中国帰国生、高校・大学進学、学力形成(empowerment)、         バイリンガル教育 0 はじめに    中国残留日本人孤児(婦人).が日本への帰国を望む大きな要因の一つに、子や孫の 進学がある。日本の公立中学校で学ぶ日本語指導を必要とする外国人生徒を対象した進 路希望調査でも、8割を越える(82.3%)中国人生徒(その大半が中国残留邦人の子弟 とみられる) が高校への進学を希望し、中国への帰国を希望する者はわずかに2.6%と 高い定住志向を示している。これは高校進学を希望するブラジル人生徒が23.3%、帰国 を考えている者が17.3%というのと対照的である.。  こうした意図がありながらも、義務教育を終えた後の高校および大学への進学が必ず しもうまくいっていないという現実がある。日本語習得だけではなく、学力を向上させ ることを念頭においた教育の重要性が指摘されているが、本論では、バイリンガル教育 的な要素を取り入れて成果を上げている事例(大阪府内の公立高校)を紹介し、言語マ イノリティーの生徒の力強い学力形成("empowerment")の可能性を考える。 1 中国帰国生の教育の現状    中国帰国生はいくつかの点でユニークな特徴をもっている。「帰国生」といっても親 の仕事の関係で海外で教育を受けその後日本に帰ってくる日本人海外帰国子女の場合、 近年日本社会への適応の問題が指摘され研究も多くなされるようになり、適応のむずか しさはあるものの、中国帰国生のように親(その多くは孤児二世である)を含めて「日 本人」か「中国人」かという民族アイデンティティーや国籍による二者択一を迫られる という問題は少ない。社会経済的な要因についても、生活保護を含む公的支援を受けて いる家庭が多くある中国帰国生.とちがい、比較的余裕のある家庭が多いと考えられる。  民族アイデンティティーという点では約五万人とみられる在日華僑の場合とも異なる。 華僑は日本における在住期間も長く全国規模の人的ネットワークや組織を築くとともに、 1 地域でも独自のコミュニティーを形成している。横浜や神戸などに民族学校をもち日本 語と中国語による二言語二文化教育を実施して子弟の民族意識の保持に務めている.。 一方中国残留邦人の場合、これまでに国費で永住帰国したのは約六千世帯、計一万九千 人に近く、自費帰国者(その多くは二世、三世)はその数倍いるともいわれる.が、日 本人としての意識を強く持ち帰国を強く希望した一世から、中国人として育ち家族に伴 われて来日した若い世代までその民族意識に大きな隔たりがある上に、滞日年数も短く 拡散居住していること、日々の生活に追われて子弟の教育を考える経済的精神的余裕も なく、意見集約や利害調整をする自主組織もないのが現状である。筆者のインタビュー に対し、ある在日華僑の企業経営者は「帰国者はあくまで日本人であり華僑とは異なる 集団」と答えている.ように、必ずしも「在日中国人」という一つのカテゴリーでは扱 えない。  さらに日本の大学等で学ぶ中国からの留学生とも同じに扱うこともできない。留学生 の場合、母国での高校教育を終了し来日することが多く、母語である中国語の確立も基 本的な学科目理解も十分になされていると考えられる。来日後日本語学校などで一年か ら一年半の間大学進学を目的として、初級レベルから受験に必要な学科目に関連する内 容を含む日本語までを専門の日本語教師から集中的に学ぶのが通常である。一方、帰国 生については来日後に編入した学校にもよるが、週に数時間の「取りだし授業」で日本 語指導を受けるのが通常で、時間数の不足や担当する教師が必ずしも日本語教育に通じ ていないことにくわえて、教科学習と同時に日本語も学ばなければならない負担は大き い。学科目理解を助ける中国語による指導を行っている学校はまだ少なく、あったとし てもその時間数が限られていることが多い。  帰国生は来日してからの中学・高校時代に帰国生以外の中国からの学生と接する機会 が少ないが、大学に入学した後、中国や台湾からの留学生と接してさまざまな刺激を受 けるようだ。今年4月に本学に帰国生枠で初めて入学してきた帰国生は、留学生につい て@中国語能力が高い、A母国の文化に通じている、B日本語を短期間で効率良く学ん でいる、C母国で高校(あるいは大学の途中まで)教育を終えてから来日しているので 学科目理解力が高いと羨ましがる。この帰国生は来日して3〜5年になる(中学在学中 か中学卒業段階で来日)だが、もっと幼年期に来日していれば日本語能力がもっと高く なっていたかもしれない、または高校を卒業してから来日すれば中国語や認知力がもっ と高かったのに、そのどちらでもない中途半端な状況に自分たちはあると悔しがる。編 入した中学では週に数時間の取りだしの日本語授業があったのみで、特に来日してから の一・二年間を無駄に過ごしたという思いが強く、来日当初の教育の重要性を痛感する ところである。 2 2 義務教育以後の教育の問題点    2.1 高校進学へのハードル  入学や編入が問題なく認められる義務教育とちがい、高校進学には入試というハード ルがある。高校での学科目理解に必要とされる日本語能力、特に読み書き能力が格段に 高度なものになるため当然のことともいえるが、高校進学のむずかしさはデータに顕著 に表れている。一例として大阪市在住の外国籍(韓国・朝鮮籍を除く)児童・生徒を対 象とした調査.によると小学校在籍者は23カ国522名、中学校14カ国262名だが、高校 となると4カ国43名(中国37名、ベトナム4名、タイ1名、アフガニスタン1名)と激減 する。中国籍の生徒については小学校359名、中学校200名に対し高校は37名とやはり 少なく、在籍者総数では中国籍に次いで上位をしめるブラジル籍(2位)やフィリピン 籍(3位)の高校在籍者はゼロである。  日常の(学校)生活に必要なコミュニケーション能力は1〜2年である程度習得できる が、学科目の内容を理解できる学習言語の習得には5〜7年の長い時間が必要といわれる .。しかし日本語のように学習語彙の多くが漢語で成り立っている場合、漢字圏出身の 生徒はまだしも非漢字圏出身の生徒にとっては学習言語の習得に要する時間はさらに長 くなると考えられる。にもかかわらず多くの生徒は十分に学習言語の習得がなされない うちに、高校入試という試練に直面するのである。  こうした事情を考慮して外国人生徒に対しては18の、中国帰国生に対しては22の都 道府県が高校入試において特別措置を講じている.。しかしその多くは試験問題の中の 漢字にルビをふったり時間延長を認めるというもので、日本人生徒と同じ科目数を同じ 問題で受験することに変わりない。中国帰国生の場合、親の主たる帰国理由が子の進学 であり、子自身の進学希望率も高く、母語(中国語)と第二言語(日本語)に共通する 漢字の知識は特に高校・大学で必要とされる読み書き能力の習得に有利に働くこともあ り、高校進学者の数は言語マイノリティーの中で最も多い。しかしながら日本語能力が 十分でないために、たとえ中国語で蓄積した学力があってもそれが正しく評価されずに いわゆる「底辺校」へ進学する例もある。近年まで日本語以外の言語を母語とする生徒 が(公立)高校進学を希望するという事態は想定されておらず、現実的な対応はほとん どなされていなかった。移民子弟を多数抱えるアメリカの高校入試でも移民の母語によ る学科目試験の導入が、移民人口も多くリベラルな政策を採るニューヨーク州などでよ うやく行われるようになった。しかしその導入も長年に渡って激しい論議がなされた後 のことであることを考えると、日本で母語による入試が実施されるには相当な時間がか かると思われる。 3  入学後についても「底辺校」における授業は中国で比較的レベルの高い学校で学んだ ような帰国生にはやさしすぎて勉強による満足感を得ることができないこと、学校全体 が大学進学をめざす雰囲気がなく、そうした環境で帰国生がさらに上の大学へ進学する モーティベーションを維持するのはむずかしいことなどの問題もある。また逆に特別枠 などでレベルの高い高校に入学した場合も適切な補充指導が行われないと授業について いけなかったり、中学時代とちがい帰国生の友人が激減し日本人の友人も簡単にはでき ないなどの理由で不登校や退学になる例も少なからずある。  2.2 大阪府のとりくみ  公立中学校に在籍する外国人生徒数はで東京都(949名)が最も多く、次いで愛知県 (716名)、大阪府(689名)、神奈川県(549名)、長野県(446名)となるが、中国 帰国生については順に大阪府(343名)、東京都(338名)、長野県(197 名) 、広島 県(192名)、愛知県(78名)となり、大阪府が最も多い.。大阪府は国費帰国者だけ でなく国の支援の対象外となる自費帰国者を含む独自の援護施策を打ち出している.が、 帰国生の教育への取り組みについても他県と比べて一歩進んでいるといえる。帰国生を 対象とした日本語学級の設置も1978年から始まり、府下の市町村内の小中学校に帰国 生および外国人児童生徒が合計10名程度在籍すれば「適応教育推進校」として指定し、 対象となる生徒と意志疎通できる教員を配置する制度も設けられている。府内には国の 指定する「中国等帰国孤児子女教育研究協力校」となっている学校が平成10-11年度で は3校(小学校1,中学校1,高校1:全国では22校)、平成11-12年度では7校(小学 校4、中学校2、高校1:全国では19校)と多く、「帰国生の教育を考える会」を組織し て早くからこの問題に取り組んできた熱心な教員の研修活動もさかんである。  帰国生を対象とする大阪府の公立高校入試特例は他の府県よりも細かく子弟されてい る。府下に9校ある国際教養科については、海外に三年以上滞在し帰国後二年以内とい う条件のもとに帰国生枠を設定しており、この条件を満たす中国帰国生を一定数(10% 程度)入学させる高校が増えている。入試考査の科目は国語、英語、数学の三教科だが、 小論文で代替することができ、母語および第一言語で解答することが認められている。  最も多くの学生が受験する普通科では、必須受験科目は日本人と同じ国語、数学、社 会、理科、英語(ヒアリングを含む) の五教科だが、1988 年度入試から@ 日中辞書 (日本語→中国語)使用、A教育漢字以外の常用漢字のルビ打ち、B所定の時間の1.3 倍の時間延長が認められ、1999年度からはC日本語による作文のタイトルと説明文の いくつかのキーワードを中国語に訳したものをあたえる、D中日辞書(中国語→日本語) 使用の二項目が加わった.。日中辞書は日本語で出された問題を理解する助けとなって 4 も彼らが中国語で蓄積した学力や知識を日本語に変換して解答するには不十分であった が、中日辞書の使用が認められるとそれが可能となり大いに役立つ。  もちろん実際には問題がないわけではない。作文においては日本語表記の誤りは減点 の対象とはせず書かれた内容を評価の対象とする取り決めがあるが、ある事例では与え られた題名でどうしても日本語で書くことができず中国語で書いた生徒の作文の内容が 非常に優れたものであったために府教育委員会に問いあわせたところ認められずに不合 格になった。中国の簡体字などが多く含まれていても「日本語」で書かれていれば、そ れは表記の問題となり減点とならないが、中国語で書かれたものは内容の質如何にかか わらず受け付けられないのである。また英語の英文和訳(英語→日本語)や数学の証明 問題なども日本語で解答するために英語や数学の力だけでなく高い日本語力も同時に求 められる。かつては入試に選択肢問題が多かったが、それに対する批判もあって数年前 から記述形式の問題が増えたことも帰国生にとっては負担増となった。  本来入試は「学力」を計るものだが、それはあくまで「日本語で表された学力」を意 味する。実は留学生教育の分野でも、これまでの日本語能力を主体として選抜する方法 からを、学力、認知力に優れた学生であれば日本語能力を特に問わない(ただし後に適 切な日本語教育は行う)選抜方法の可能性が議論され始めている。すなわち日本語能力 が十分でないという理由で、学力の高い優秀な留学生を排除してしまっていたのではな いかという反省から出てきた議論であり、英語による授業などが実際多くの大学で実施 されるように変わってきているである。考査の対象となるのは果たして入試の行われる 時点での日本語能力(とそれによって示される学力)なのか、それともどの言語を通じ てであれその生徒が習得している本来の学力または潜在的な能力なのかをもう一度問う てみなければならない。 3 帰国生教育の例ー上神谷高校の場合  3.1 帰国生教育のカリキュラムと活動  上神谷高校のある大阪府堺市の泉北地区は公営住宅も多く、在住する中国帰国者の数 も大阪市に次いで多い.。同校は偏差値でみれば必ずしも高いランクにある高校ではな く、日本人生徒の大学進学率はあまり高くない(一学年400名中20名程度) 。1989 年 に初めて中国帰国生が1名入学し、その後徐々に受け入れ数も増え、1999年度には31名 の中国帰国生(うち「日本語力に留意すべき生徒」は28名) が在籍した。同校は平成 10-11年度文部省指定中国等帰国孤児子女教育研究協力校にもなっており、府下でも有 数の帰国生の拠点校である.。  5  帰国生を対象としたカリキュラムは現代国語と古典の授業を振り替えた日本語抽出授 業が週に2〜3時間あり、これに対し5〜6単位の認定を行っている。さらに毎日放課後3 時30分から5時過ぎまで日本語のレベルに応じた四クラス(初級1、中級2、上級1 ) の 日本語補充授業が行われる.。これらの授業は4名の日本人教員(専任3名、非常勤1名) が担当している。さらには中国人講師による日本語指導が週に一回、隔週土曜日の放課 後には中国語の保持、向上をめざす中国語教室が開かれている。  日本語の補充授業は1クラス数名で読み書き中心のきめ細かな指導が行われる。黒板 に生徒が自分の作文を書き、それを教師を含めてみんなで意見を述べながら添削してい く。こうした「合評」を経ることでその作文は日本人生徒のそれと見紛うほどの文に変 わる。こうした作業の積み重ねを続けることがもたらす効果は非常に大きい。  中国語教室は帰国生の入学を契機に帰国生の問題に関心をもった教員が91年に帰国生 が集まれる場として必修クラブ(当初の名称は「中国文化研究会」、現在は「上神谷中 国語沙龍(サロン)」)を作ったのが始まりである。講師には近隣の大学院に留学中の 中国人を招き、中国の歴史、文学、現代中国事情など幅広いテーマをディスカッション 形式で学ぶというもので、その活気のあるやり取りやレベルの高い内容に驚かされた記 憶が鮮明にある。このクラブは近隣の高校に在籍する帰国生にも開放されており40名程 度の参加者がある。現在は自身も二世の帰国者である別の講師に引き継がれ、学習面だ けでなく進路や生活面での相談を受け付けることも多いという。1998年からは日本で 生まれたり幼年期に来日したため中国語能力の低い帰国生を対象とした初級クラスも設 けられ、講師は同校の卒業生で現役の大学生の先輩が担当している(これ以外にも卒業 生はさまざまな活動を支えている)。  さらに上神谷高校の特徴として学校全体で帰国生の問題に取り組もうという姿勢があ げられる。校舎の一角が帰国生の部屋として割り当てられ、そこには担当教員が常駐で きるように(職員室とは別に)机が設置されている。言語学習に必要な教科書や教材、 辞書や参考図書なども多く揃っており、気軽に手に取って読むこともできる。ソファー もあって生徒がくつろいだり教師と気軽におしゃべりを楽しんでいる。また小さい台所 設備もあってそこでお茶を沸かしたりインスタントラーメンを作って食べる生徒もいれ ば宿題を広げる生徒もいて合宿所のようなにぎわいがある。またそうした自由なで自主 的な部屋の使い方を暖かく見守っている教員のスタンスも印象的であった。  生徒はここでは中国語使用が主だが、日本語へのコードスイッチングも頻繁に行われ、 「先輩!」という呼びかけ(一年から三年までの生徒がいること、日本人以上に年長者 への配慮を行うためであろうか)や数字、「いらんこと言うな〜。」というような親し い友人間で使うフレーズなどが中国語の間にぽんぽん入ってくる。ここでは日本語か中 6 国語かというような固定した言語使用にとらわれず、二言語間を自由に入れ替わること を楽しんでいるかのように活発な会話交わされる。  学内の活動としては文化祭で中国料理の模擬店を出したり、日中の歴史や日本人孤児 に関する歴史的背景のパネルを展示したり、普段のホームルームで日本人生徒に中国文 化を紹介する時間を設けたり、「日の丸・君が代問題」に関して学内討論会を主催する など積極的な姿勢がみられる。教員研修会に参加して自分たちのことばで帰国生の状況 や意見を述べたりもする。すなわち一人が中国語で発表し別の一人が日本語に同時通訳 する。どうしても本当の心は中国語でしか話せないこともあるが、そうしたメッセージ が多く人に聞いてもられるという実感も同時に味わえる貴重な体験である。日中二言語 による帰国生の活動記録集(『劉先生とその仲間たち』)もすでに第四集まで発行され ている。これは200ページに近いものでその作成には帰国生全員が関わる。日本語で記 事を書く者、後輩が中国語で書いた原稿を日本語に翻訳する者、原稿をゆっくりとした 手つきでパソコンに入力する者などあらゆる作業が言語学習となり、出版という成果と なって実現する理想的なプロジェクトワークといえよう。こうした活動を行う際に教員 は帰国生が学内で「特権化」することのないよう、また日本人生徒も帰国生とともに学 ぶことができるように注意を怠らない。活動を通して生徒と教員の間に信頼関係がしっ かりと築かれていくことは筆者にも観てとれた。  「上神谷中国語沙龍(サロン)」(以下は「中国語クラブ」)では基本的には中国文 学や高校生の学力に相当する内容の雑誌・新聞などの講読、それに関する討論を行い作 文を書くなど「読み書き能力(リテラシー)」の習得に主眼をおいているが、それには 学内の図書室に設置された『中国語文庫』が大きなリソースとなっている。これは帰国 生の活動記録集についての新聞記事.を読んだ四国在住の老男性から1998年に送られ た寄付金により、教員が現地へ出かけて購入したもので、現在中国で出版されている中 学・高校生が必要とするような図書(百科事典、歴史書、古典文学、現代小説、外国文 学の中国語翻訳書、児童文学、娯楽小説など)2,000冊である.。日本で入手できる中 国関連の図書は高価な専門書が多く若い世代向けの図書の入手はむずかしい。これらの 図書は近隣の帰国生たちにも貸し出しが認められており、中国語の読み物を求めていた 親や兄弟のために借り出す生徒も多く常に高い貸し出し率を誇っている。  バイリンガル教育の研究でも著名なKrashen(1996) は読書は二言語能力の発達と保 持だけでなく、学力形成に最も好影響を与えると主張する。第一言語による読書は知識 の源となるだけでなくリテラシー習得の最善の方法でもあり、Cummins (1981) のい う「二言語共有の能力("common underlying proficiency")」. を発達させる。第 一言語による読書の習慣が身につくとそれは第二言語による読書の習慣へとつながり、 7 ひいては第二言語の発達を促す。にもかかわらず移民の子弟の家庭には読書のための本 が少なく、それゆえにそうした子弟を受け入れている学校にこそ多くの本が置かれるべ きであるのに、現実はあまりに貧しい状況であると非難する.。「高価なパソコンより もまずは学校に図書を!」との訴えは言語マイノリティーの状況がどこの国でも似通っ ていることを伝えている。その意味でも上神谷高校の中国語文庫の価値は非常に高い。  カリキュラム全体に占める中国語学習の時間数は必ずしも多くなく、これを「バイリ ンガル教育」と呼ぶべきではないとの考えもあるかもしれない。しかしこれまで述べて きたように毎日の日本語補充授業に加えて、自由に中国語の書物にふれたり実際の目的 をもってさまざまな活動の場面で中国語を使うことで能力はかなり向上すると考えられ、 時間数の不足をある程度補っているといえよう。こうした不断の成果がその高い大学進 学率につながる大きな要因となっている。1999年3月卒業の13名のうち10名(7名が国 立大、3名が私立大)、2000年3月卒業の10名のうち5名(3名が国立大、2名が私立 大)が大学へ進学した。帰国生の入学枠を設定する大学が増えたこともあるが、拠点校 としての実績が知られることで学力の高い生徒が入学するようになったこと、そしてな により入学後のきめ細かい指導と学校の協力態勢も大きく貢献している。  ただこうした状況も非常に不安定な基盤の上に立っているということも忘れてはなら ない。活動を支えている熱心な教員も帰国生教育を専門に担当しているのではなく日本 人生徒の授業を持ちながらのことであり、転勤や定年退職で継続ができなくなることも 考えられる。非常勤教員は毎年契約を更新されるどうか分からない不安定な身分である。 非常勤教員は担当する授業に対してのみ給与が支給され、放課後の指導や相談などにつ いては無給である。上神谷高校の非常勤教員は中国語能力も高く日本語指導の経験も長 いが、府の採用枠には「日本語科」や「帰国生指導」というカテゴリーはなく「国語科」 の採用となる。専任教員となったとしても帰国生の指導にあたるかどうかは着任する高 校次第である。また中国語指導を担当する中国人民族講師は中国の大学を卒業している が日本の教員免許取得を目指して通信教育を受けているという。しかし免許取得後も日 本国籍がなければ専任教員にはなれないのが現実である。母語話者としては英語指導助 手(AET:assistant English teachers) が認められている程度だが、多くの外国 人がすでに日本国内にいる現在、適切な認証制度を定めて正規の教員として採用するこ とは十分実現可能な策といえないだろうか。  3.2 帰国生の状況ーアンケート調査の結果と考察 *(文末に調査用紙を添付した)   3.2.1 帰国生の構成  帰国生教育と言語の関連を探るために「上神谷週末沙龍」(以下「中国語クラブ」) 8 の参加者33名(うち中国語保持クラスの生徒29名、初級中国語クラスの生徒4名)にア ンケート調査を行った(1999年6月実施)。ここでは中国語保持クラスの生徒29名につ いて考察する。  生徒の内訳は一年生7名(24.1%)、二年生10名(34.5%)、三年生11名(37.9%) 、 高専生1名(3.4%)で、年齢は15歳1名、16歳3名、17歳9名、18歳5名、19歳4名、20 歳5 名、21歳2名で、学齢通りの18歳以下は18名(62%)である。来日時の年齢は最年 少が8歳で、12歳以下が8名(27.6%)、13〜15歳が12名(41.3%)、16〜18歳が9名 (30.9% ) で、13歳以上が72.2%と比較的高い。中国での最終在籍校は小学校(3〜6 年)34.5%、中学校62.0%、高校(2年)3.4%と通学歴も長く、学校文化をある程度 体得し、学科目理解の基礎もできていると考えられる小学校五年生以上の在籍者は86.2%となる。来日後の編入先については、小学校(3〜6年)が27.4%、中学校65.5%、 高校(1〜2年)が6.8 %である。来日後日本語をどこで学習したか(多重回答)につい ては、定住センター24.1%、日本語学校10.3%に対して、編入先の学校が62.1%と最 も多く、生徒の大半が日本語学習と教科学習を同時にこなさなければならない環境にあっ たことを示している。    3.2.2 言語能力  日本語能力を8項目の具体的な能力に分け自己査定をしてもらった( 問8: 多重回答) 。 結果は「授業内容が理解できる」は29名中24名(82.8%)、「授業の課題・宿題がで きる」が29名中23名(79.3%)と高いのに対して、「人前でスピーチができる」は29 名中わずかに5名(17.2% )と低く、「日本語の小説が読める」34.5%、「新聞が読め る」37.9%、「日本人学生とのコミュニケーションができる」44.8%、「日本語で手 紙が書ける」51.7%、「テレビ・ラジオ番組が理解できる」65.5%と続く。  授業に関連した能力が高いのは、抽出授業だけでなく放課後の補習授業の指導が効果 をあげていることを示している。また上神谷高校がいわゆる受験校ではなくゆったりし た授業ペースが保たれている点も幸いしている.。これは「現在一番困っているのは日 本語が分からなくて授業についていけないことだ」との別の質問(問18)に「そう思う」 と答えた生徒がわずかに5名(17.2%:滞日年数が四年未満では20.0%、四年以上では 14.3%)であったことにも表れている。一方「日本語は理解できるが授業内容が分から ない」について「そう思う」と答えたのは10名(34.5%: 滞日年数が四年未満では 33.3%、四年以上では35.7%)と増え、滞日年数が長い生徒についても割合が変わらな い(増えている)ことからも、教科内容理解を目的とする日本語指導を継続して行う必 要があることを示している。 9  スピーチ能力が低いのは、日本語がフォーマル(改まった)/インフォーマル(くだ けた) な場面、書きことば/話しことば等の点で位相差の大きい言語であることにくわ えて、フォーマル度の高い書きことばで原稿を準備し、その上で自己の考えを明瞭な発 音で提示するという、「書く」、「話す」だけでなくプリゼンテーション能力も必要と する高度な作業であり、習得に時間を要することからもある程度理解できる。    滞日年数(四年未満と四年以上)で見ると日本語能力の差は一段と広がる(21)。  表1:滞日年数と日本語能力の関係(回答者数:29名、多重回答) 日本人学テレビや授業の内宿題や授人前で意日本語の日本語の日本語で 生とコミュラジオ番容が理解業の課題見を発表・新聞や雑小説が読手紙が書 ニケーショ組が理解できるができるスピーチ誌が読めめるける ンできるできるを行うる 四年未満 5名8名11名12名1名1名2名5名 実数 33.3% 53.3% 73.3% 80.0% 6.7% 6.7% 13.3% 33.3% 15名 四年以上 8名11名13名11名4名10名8名10名 実数 57.1% 78.6% 92.9% 78.6% 28.6% 71.4% 57.1% 71.4% 14名  授業内容の理解や宿題をこなすことについては四年未満の生徒も高い能力を持つ(と 自己査定している)が、授業に直接関係のない内容が含まれる新聞、雑誌、小説を「読 む」ことや、趣味や関心事などコンテクストを共有して初めて成立する日本人学生との コミュニケーション能力についてはかなり低い。滞日年数を重ね、適切な日本語指導を 受けることで順当に発達する能力もあるが、総合的な言語能力が要求されるスピーチ能 力の習得はさらに時間をかけて取り組まねばならない課題である。  「日本語のなかでどの能力が最も弱いか」という質問(問9)については、「弱いと ころなし」6.9%、「聞く」13.8%、「話す」31.0%、「読む」10.3%、「書く」41.1%と産出面のスキルが弱い傾向がある。滞日年数による違い(表2)では、四年未満で 最も多かった「話す」が四年以上では減少し、「読む」が増えている。来日当初は日常 生活(学校)で最も機会の多い「話す」(音声面の産出)能力の不足を痛感することが 多いのに対して、滞在期間が長くなり学校の授業も本格化し教科理解を求められるよう になると「読み書き」能力の不足がより意識されるのであろう。四年未満の生徒の場合、 受容面の技能で「聞く」よりも「読む」の方が低いのは漢字という文字媒体を共有する 中国帰国生に特徴的(有利)な点といえるだろう。   10  表2 滞日年数と弱い日本語能力の関係 弱い能力なし聞くこと話すこと読むこと書くことかなり弱い 四年未満1名1名7名0 6名0 15名6.7% 6.7% 46.3% 40.0% 四年以上1名1名2名3名6名1名 14名7.1% 7.1% 14.3% 21.4% 42.9% 7.1%    中国語能力についても6項目の具体的な能力に分け自己査定による調査を行った(問 13:多重回答)。最も高いのは「(中国語の) テレビ番組が理解できる」で93.1%、 続いて「家族・友人とのコミュニケーションがとれる」86.2%、「中国語沙龍の活動が 理解できる」75.9%、「新聞・雑誌が読める」72.4% 、「小説が読める」65.5% 、 「手紙が書ける」62.1%と日本語能力に比べると総じて高い。しかしながら、中国人講 師の適切な指導のもとで行われる活動は理解できても、文化的、時事的知識を要する作 業、特に「読む」、「書く」能力の維持がむずかしいことが分かる。それは「中国語能 力で最も弱いのは」という質問(問14)に対し、79.3%が「書く」、13.8%が「読む」 を選び、「話す」、「聞く」を選んだ者がいないことからも分かる。もちろん「読み書 き」の活動量に比べて家庭や学校で中国語の音声と接触することが多いために「話せる」 「聞ける」と考えているだけで、実際の能力があるかどうかは不明であり、母語の消失 は音声、書記面ともに進行することに留意しなければならない。  この質問(最も弱い能力を一つ選ぶ)に対し「かなり弱い(複数の能力を選択)」と した生徒が一名いたが、日本語習得が不十分なまま母語である中国語の能力も低下する と、授業を理解し学力を維持するための手段をすべて失うことになる。上神谷高校の場 合、帰国生が学校全体で30名以上いることにくわえて、中国語保持につながる環境(中 国人講師および中国語能力の高い日本人教師の存在、活動記録集作り、中国語クラブ、 文化祭などのイベント、充実した中国語図書)が整っており、中国語能力を学力形成の 下支えに活用することも不可能ではない。滞日年数の短い学生が高校に入学し相応の学 力を習得するためには、いわゆる過渡的バイリンガル教育による措置を講ずることも必 要になってくるだろう。主流言語による教育に編入させることを主たる目的に、ある一 定の期間生徒の母語による学習を認めるという過渡的バイリンガル教育は、アメリカの 移民子弟を対象とする教育などに採用されることが多いが、その実施期間が短かったり、 母語による教育が十分に行われないことも多く、最終的には主流言語(英語)の単一話 者へとシフトすることを止められないことが批判の対象となっている。しかしながら日 11 本における言語マイノリティーの生徒たちには、そうした機会さえ与えられないのが現 状である。上神谷高校の中国語クラブもあくまで課外活動として位置づけられており、 そこでの活動は評価の対象とならないし、学力保持を目的とするには時間数、スタッフ ともに不十分である。    高い能力を持つ(と自己査定している)中国語能力だが滞日年数が長くなると能力の 低下が進行している。   表3:滞日年数と中国語能力の関係(回答者数:29名、多重回答) 家族や友人 テレビ番組中国語クラ とコミュニ新聞や雑誌小説が手紙が が理解できブの授業が ケーションが読める読める書ける る分かる がとれる 四年未満 14名13名12名11名11名12名 実数 93.3% 86.7% 80.0% 73.3% 73.3% 80.0% 15名 四年以上 13名12名10名10名8名6名 実数 92.9% 85.7% 71.4% 71.4% 57.1% 42.9% 14名  衛星放送などで毎日中国語のニュースを聞いたり、家族や友人達と中国語で話すなど 日常の言語活動の場面で必要とされる能力は滞日年数の影響をあまり受けないが、自発 的な意志をもって内容のある一定の量の中国語を読んだり書いたりすることで初めて維 持される「読み書き」能力の低下は急速に進んでいる。    両言語の能力を比較した自己査定でも滞日年数による違いは明らかである。  表4 滞日年数と「聞く」能力 日本語の方が高い中国語の方が高い同じくらい 0 13名1名 四年未満(14名) 0% 92.9% 7.1% 2名5名7名 四年以上(14名) 14.3% 35.7% 50.0%   12 表5 滞日年数と「話す」能力 日本語の方が高い中国語の方が高い同じくらい 0 14名1名 四年未満(15名) 0% 93.3% 6.7% 4名5名5名 四年以上(14名) 28.6% 35.7% 35.7%  表6 滞日年数と「読む」能力 日本語の方が高い中国語の方が高い同じくらい 1名11名3名 四年未満(15名) 6.7% 73.3% 20.0% 6名4名4名 四年以上(14名) 42.9% 28.6% 28.6%  表7 滞日年数と「書く」能力 日本語の方が高い中国語の方が高い同じくらい 2名10名3名 四年未満(15名) 13.3% 66.7% 20.0% 7名5名2名 四年以上(14名) 50.0% 35.7% 14.3%    滞日年数が長くなるにともない、四技能すべてで「中国語のほうが高い」から「同じ くらい」、「日本語が高い」へと移行しているが、「話す」、「聞く」については滞日 年数が四年を超えても「中国語のほうが高い」とする生徒が多いのに対して、「読み書 き」は「日本語が上」とする者のほうが多い。家族や帰国生の友人と中国語を話し、聞 くことは日常あっても、読み、書く機会は非常に限られるのに対し、日本語は学校生活 の大半で使用され、さらに細かい補充指導で読み書きを中心に学ぶこともできる。この インプットのアンバランスがこうした変化の原因であるとすれば、日本語能力がついた というよりは中国語の読み書き能力が低下したと考えるべきであろう。リテラシーをあ る程度持つとされる小学校高学年以後に来日した生徒でも、維持の努力がなされなけれ ばそれを失うことは十分ありうるし、それは日本語のリテラシー獲得の代償であっては ならないのである。「日本語能力の方が高い」へシフトしたといって単純に喜ぶわけに はいかないのである。 13  表8は滞日年数と日中両言語の能力の関係を示したものだが、四年未満の生徒(総数 15名)の中では@日本語も中国語も高い(日本語6ポイント以上×中国語5ポイント以 上)は1名、A日本語は低いが中国語が高い(日本語5ポイント以下×中国語5ポイント 以上)は11名で、B日本語、中国語ともに低い(日本語5ポイント以下×中国語4ポイ ント以下)は3名である。一方、四年以上の生徒(総数14名)では@は3名、Aは4名、 Bは2名、そしてC日本語は高いが中国語が低い(日本語6ポイント以上×中国語4ポイ ント以下)が5名と最大になる。ちなみに調査対象となった29名のうち調査時三年生 (11名)で、2000年4月に大学へ進学した者(5名)は、@が1名、Aが4名であった。 この5名は滞在年数が比較的短い(2年〜4年)こともあり全員が中国語能力6 項目を 持つと自己査定しており、教師の個人評定でも高い学力をもつと記されている。日々指 導にあたっている教師の意見では、中国語で習得した学力が基礎となっている生徒は学 科目の指導(それが日本語で行われても)を理解する能力も高く、日本語能力の不足を 補って余りあるほどだという。上神谷高校の場合、中国語母語話者の生徒が多く在籍し、 毎日の補充授業で顔を合わせることで教科に関する質問や議論も交換でき、さらに「中 国語クラブ」での指導もなされることが学力の順当な発達を促しているといえよう。   表8 滞日年数と日中言語能力 滞日年数四年未満滞日年数四年以上                           中国語能力 1 2 3 4 5 6 日 1 2 3 ★ ● ●★ ● ● 本 語 能 4 5 ●★ ● ● 力 6 7 8 中国語能力 1 2 3 4 5 6 日 1 2 3 ● ● ● 本 語 能 4 5 ● ● ★ 力 6 7 8 ● ★ ● ● ● ● ● ● ※ ★は2000年4月大学へ進学した者  日本の高校での授業を理解しさらに大学進学へつなげる学力を形成するには@かCの グループに入ることが必要だと考えられる。Aのタイプの生徒については高校入試では 中国語の小論文で代替できる制度も整いつつあり、日本語能力が入試時点で十分でなく とも学力があると認められた生徒にとっては有効的な方法である。しかしその場合は入 14 学後に教科内容の理解を助けるための適切な日本語教育が行われて学力を維持、向上さ せることが必要となる。上神谷高校は普通科のため入試において時間延長、辞書持ち込 みを認めるが中国語の小論文による代替措置を認めていない。そのためある程度の日本 語能力を入学時に持っている生徒が多いと思われるが、高校レベルの教科内容を理解す るためには必ず日本語指導が必要であり、上神谷高校が高い大学進学率を保っているの はまず第一にこの面での手当て(一人あたり週13〜14時間、総提供時間数35時間:抽 出授業27時間、放課後補充7.5時間)がなされていることが大きい。  また、Aのタイプの生徒が大学へ進学できるようになったのは中国帰国生特別入学枠 を設ける大学が増えてきたことが大きな要因だが(上神谷高校のこれまで大学へ進学し た者も全員この特別枠を利用した)、大学に入学後は留学生のための日本語授業はあっ ても授業理解のための補習などは期待できないので、大学での学力形成の方法について も今後は考えていく必要が出てくるだろう。母語による学科目教育を終えてから来日す る留学生とはまた異なる対応が帰国生には必要となると思われるが、それは今後の課題 として論を改めて考えてみたい。   3.2.3 言語使用  対話者別の言語使用(問11) については、「親に話す」のは「日本語」はわずかに 3.4%、「日本語と中国語の混合」は6.9%で、「中国語」が89.7%と高い。一方「親が 話しかける」は「中国語」が93.4%と増える。「祖父母に話す」も「日本語」12.0%、 「混合」32.0%、「中国語」56.0%、で「祖父母が話しかける」は「中国語」が60.0%と増える。祖父母の中には残留婦人が多く含まれることもあって「中国語のみ」の割 合は下がるが、年長者は子、孫に対しては中国語使用を守ろうとする傾向があり、これ は滞日年数が長くなっても変わらない。「兄弟に話す」は「日本語」が12.5%、「日本 語と中国語」41.7%、「中国語」が45.8%だが、滞日年数でみると四年未満では「中国 語」が61.5% であるのに対し、「四年以上」は27.3% と激減し、「混合」(30.8%→ 54.5%) 、「日本語」(7.7%→18.2%) 使用へと大きくシフトする。「友人と話す」 は「日本語」10.3%、「日本語と中国語」69.0%、「中国語」20.7%と中国語使用度 は高いが、滞日年数四年未満の「中国語」40.0%が四年以上ではゼロになり、四年未満 ではゼロであった「日本語」が四年以上では21.4%と急増する。学校という圧倒的な日 本語環境で会うことの多い友人とのコミュニケーションにおいて中国語使用が大きく減 少していることが分かる。  話題による言語選択(問12)では、家族や中国の親戚また中国社会全般については圧 倒的に中国語が多い(69.0%、82.8%、65.5%)が、滞日年数が長くなると「中国語」 15 が減り(家族:80.0%→57.1%、親戚:100%→64.3%、中国全般80.0%→50.0%)、 「混合」、「日本語」へシフトする。親戚といえども直接話す機会もあまり多くないこ と、中国社会に関する情報も多くは日本語を媒介にして入手することなどが要因として 考えられるが、プライベートな領域でも中国語使用が少なくなっていくことが分かる。  親同士の会話は「中国語のみ」が100%と圧倒的で滞日年数が長くなってもまったく 変化がない。これは彼らの日本語能力にも関係があり、親の日本語能力についての質問 (問10)に対し「日常生活に不便がなく読み書きも十分」が10.3%、「日常生活に不 便はないが読み書きが不十分」が6.9%、「生活に少し不便」17.2%、「生活にかなり 不便」65.5%となり、8割を越える親が不便さを感じる状態にある。そのため家庭で親 が子供の宿題をみてやったり日本語能力を伸ばす役割を演じることはもちろん、大半の 親が働くことに忙しく、書籍などの入手もむずかしいことから家庭において中国語保持 のための教育、特に読み書き教育を期待することも困難である。  複数の言語環境にあるこどもの言語発達および学力形成を確実なものにするには母語 と第二言語の読み書き能力がともに発達する(バイリテラシー:biliteracy)ことが 重要だとの指摘がある。母語の読み書き能力は第二言語の読み書き能力獲得に適用でき るからであり、そのために学校や家庭での母語による教育が重要視される。アメリカの ようにバイリンガル教育が数多く実施されている国でも、生徒数や教師数で圧倒的に多 いスペイン語話者の事例を除くと、バイリテラシー獲得の成功例はそれほど多くない。 母語能力のある教師が配属されない言語集団も少なくない。Hornberger はアメリカの 小学校でカンボジアからの移民子弟が英語とクメール語の読み書き能力を獲得した例を あげているが、学校で母語の授業が一切行われなくともクメール語が維持されたのは家 庭や居住する地域で母語維持の努力(特に読み書き能力)が熱心に行われたからだとい う(22)。 同じ言語文化を持つ移民が地域共同体を形成することの多いアメリカでは、家庭だけ でなく地域の果たす役割が非常に大きい。中国帰国生の場合、全体の総数も一校あたり の在籍数も少ないためにまとまった対策が採られておらず、母語話者はおろかその言語 能力をもつ日本人教師の配置も行われていない。一方家族も拡散居住し地域コミュニティー を形成しておらず、母語によるメディアも発達していないというのが現実である(23)。 言語マイノリティーを対象とするバイリンガル教育といえども、アメリカのヒスパニッ ク系のように生徒数、母語話者の教師数も多く、集中居住度が高く母語によるメディア ( テレビ、ラジオ、新聞、雑誌)や経済圏も発達し、親の権利意識や社会的関心も強い グループと、おそらくその正反対の状況にある日本の帰国生とを同じ次元で語ることは むずかしく、学校の担う責任はより大きなものとならざるをえない。日本では第二言語 16 (日本語)を習得させる必要性がようやく認識され始めたところであり、現実的な対応 策としては拠点校のような形で一定の人数を集め、母語話者ないしは中国語能力を持つ 教員を常勤スタッフとして配置するとともに、教科理解を促進するための日本語教育を 継続して行うことなどが考えられる。     3.2.4 言語に対する意識  「中国語クラブ」についての評価(問16)(多重回答)では、「帰国生の友人と会 える」が29名中28名(96.6%)、「学校が場所を提供してくれたことがうれしい」26 名(89.7%)、「中国人の先生に教えてもらえる」、「読み書き能力が向上」が25名 (86.2%) と高い。「中国語だけで勉強できる」、「レベルの高い中国語に接する」が やや低く19名(65.5%)であった。これをみると、学校が自分たちの存在を認知して くれたためにできたクラブで別々のクラス配属になっている友人と会ったり、ロールモ デルであり文化面、生活面での相談相手である中国人教師から家庭や独学では限界のあ る読み書きを学ぶことができれば、必ずしも高度なレベルの中国語や中国語のみの授業 を期待しているわけではないようだ。  「中国語をどのように勉強しているか」(問17)(多重回答)については「本や新聞 を読む」がもっとも多く19名(65.5%)、「中国語クラブで学ぶだけ」、「家族や友 人とできるだけ中国語を使う」が18名(62.1%)で、「日記や手紙を書く」は11 名 (37.9%) と低く、積極的に取り組むという傾向は弱い。「中国語を勉強する時間がもっ とあったほうがよい」に対しては20名(69%)が「そう思う」と答えているが、滞日 年数でみると四年未満の73.3%から四年以上では64.3%と減少している。中国語クラブ の活動にある程度満足していることや学校の授業をこなすことに手いっぱいというのが 要因と考えられる。  「中国語はどのような役に立つか」(問18)(多重回答)には「自分の支え」27名 (93.1%) が最も多く、ほとんどの生徒がすべての選択肢(「家族とのコミュニケーショ ン」、「中国訪問の際」、「中国語の本やテレビが理解できる」、「進学・就職に有利」) を選んでいる。彼らにとって中国語は自己のアイデンティティーの拠り所(象徴的機能) としてだけでなく、コミュニケーション手段として現実に機能している有用性の高い言 語なのである。「日中両言語能力を持つことは日本で評価されているか」では滞日年数 四年未満では「そう思う」33.3%、「そう思わない」40.0%であったのに対し、四年以 上では「そう思う」が71.4%、「そう思わない」がゼロと減少する。日本では「バイリ ンガル」といえば日本語と欧米の言語との組み合わせが一般のイメージとして先行して いるが、アジアの大国としての中国への関心の高まりとともに、アジアの共通語として 17 話者数、使用国数ともに多い中国語に対する関心は近年高まっており、そうした評価が 帰国生の母語保持への動機づけに貢献していると思われる。また「将来も日本語と中国 語を維持していけるか」については「そう思う」が89.7%(滞日四年未満では100%、 四年以上では78.6%)であるのに対して、「そう思わない」は滞日年数にかかわらずゼ ロ(「どちらでもない」が10.3%)である。現実として維持することが可能かどうかは 別にしても彼らの置かれている(学校)環境が「そう思わ」せる要因としてプラスに作 用していると考えてもよいだろう。  一方「中国語は日本語の学習に役立つか」に対して全体では65.5%が「そう思う」と 答えているが、滞日四年未満では「そう思う」が80%であるのに、四年以上では50% に減少している。これは当初は漢字などの共通要素があることを有利に思うが、日本語 学習が進み日本語固有の表現を学んだり文化的要素を多く含む内容に触れるようになる と、漢字の知識だけではカバーできなくなることに気づくからで、ある意味で冷静な判 断といえよう。  3.3 教師の意見  上神谷高校で帰国生の教育にたずさわる4名の教師のうち、3名(日本人2名:専任 教員1名、非常勤講師1名および中国人民族講師1名)からもアンケート形式で意見を 聞いた。生徒の日本語能力については全員が「意味が通じることより文法に則った日本 語を話し、書く」ことが必要だと考えているが、日本人教師が「中国語の干渉ー特に発 音ーを取り除く必要はない」とするのに対して中国人教師は「取り除くべき」と考える。 また日中の漢字の混同使用や送り仮名の間違いなどについても、日本人教師は「大きな 問題ではない」とするのに対し、中国人教師は「問題だ」と考える。日本人の生徒の漢 字使用や送り仮名が必ずしも正確でないという現実を知っているためか、日本人教師の 方が寛容な姿勢をもち、中国人教師が規範性を重んじる傾向にあることは興味深い。  三名とも「日本語の四技能がバランスよく発達するとは限らない」との考えをもって いるが、中国人教師が「日本語習得の度合いと教科理解の度合いに相関関係がある」と するのに対し、日本人教師は「かならずしもそうは言えない」とする。日本語習得なら びに教科指導さらには大学進学まで多くの帰国生の教育を担当してきた経験から日本語 能力が低かったり習得に時間を要する生徒にも学力の優れた者がいること、そして「聞 き」「話す」能力よりも「読み書き」能力の方が優れた者もいること(24)を知っている のである。  教師が作成した各生徒の日本語能力や学科目理解についての詳しい考察記録によると、 来日して間がないため日本語能力が十分でないが、学科目理解が優れている生徒が数名 18 いる一方で、来日後5年以上経過し日本語能力がかなりあると思われるのに学科目理解 が遅れている生徒もいる。教師は来日時の年齢によって生徒を以下のように三つのグルー プに分けて問題点を整理し、適切な対応のための指針としている。  .は幼児期〜小学校低学年に来日:生活面では日本人生徒とほぼ同じ。中国人という   意識が弱く中国語能力も低い。ただし家庭では親は中国語使用が多く意志疎通の点   で問題がある。低学年の時に宿題を家庭でみてもらえなかった者が多い。中国語と   の接触量を増やす必要がある。  .は小学校4年〜中学3年に来日:生活面、学習面での困難が最も集中している。生   活言語能力が学習言語の発達にむすびつかないことが多い。中国人としての意識も   複雑で出自を隠す者も多い。日本語指導を一番必要とするのに授業を避ける者もい   る(放課後補充授業などは自由参加のため)。中国での中学在籍経験者に向学心の   ある者が多い。  .は中国で高校在籍を経験した者:留学生と同じ意識で、学力も高く中国人としての   意識も明確。日本語は外国語的な位置づけ(母語の確立後に行われること、学習期   間が短いこと)になるため、日本語学習の方法も.グループとは分けて考えるべき   だが、習得は速い。    バイリンガル教育に関する研究においても母語の形成の時期、バランスのとれた二言 語話者になるための臨界期、認知学力面の発達に好影響を与える言語教育の方法、二言 語による読み書き能力の習得方法、二つの文化習得をともなうべきかどうかなどについ て多くの研究がなされているが、個々の生徒の学習能力や適性だけでなく社会経済的要 素も大きく影響するために研究の知見がすべての生徒に適応できるわけではない。その 意味で直接生徒を指導する立場にある教師によるこうした考察は日本語習得だけでなく 学力形成の面でも貴重なデータを提供する。  帰国生の教育で現在もっとも大きな問題は何かという問いに対しては中国語教育を担っ ている民族講師が不足していること、またその役割に対する認識の低さだとする回答が めだった。民族講師は中国語だけでなく日本語能力も高く日本文化への理解もある。さ らに外国人児童教育の経験もあってカウンセラーとしても優れており、こうした民族講 師の授業やアドバイスによって帰国生は学校の中で「足場」を固め、その上に日本語教 育を積み重ねることができるのだという。在籍者が少なく拡散している状態ではすべて の学校に一名というのはむずかしいが、少なくとも各校区に一名雇用身分の安定した講 師を配置することが重要だと教師全員が回答している。  アメリカなどでは二言語能力を持つ移民の成人を移民子弟を対象とするバイリンガル 19 教育担当の教員として雇用することも多いが、それは教育を受ける生徒にとってだけで なく、成人の移民にとって安定した就職の機会となり、また彼らが居住する社会に貢献 できる機会ともなる。国籍や学位の取得先によらず、一定の基準を設けてそれに合格す れば教員となれるという柔軟な認定制度が可能になれば、日本語教育、学科目教育、母 語による教育などの分野で最も適性の高い教師を配属できるのではないか。そしてその 恩恵は言語マイノリティーの生徒だけでなく、大多数を占める日本人の生徒にも必ずや 及ぶものと思われる。    3.4 もう一つの「帰国生」  これまでは「中国語クラブ」の参加者のうち、中国語保持クラスの生徒について考察 してきたが、初級クラスの生徒4名についても言及する必要があるだろう。4名( うち 一年生が3名、二年生が1名)は日本生まれが2名で、幼年期(4歳)に来日が1名、 小学校4年時(9歳)来日が1名である。彼らの言語能力については、8項目の日本語 能力はすべて「ある」とする一方、6項目の中国語能力はすべて「なし」。使用言語も すべての話者に対して日本語を使用する(9歳で来日した1名だけは、親に話す時に日 中混合、親が話す時に中国語、祖父母とは双方向とも中国語)。親の日本語能力も「まっ たく不便がない」1名、「日常生活に不便はないが読み書きは不十分」2名、「少し不 便がある」1名と、保持クラスの生徒の親と比べると高い。  「中国語クラブ」のよい点は、「中国語の読み書き能力が向上する」が3名、「学校 が場所を提供してくれたことがうれしい」1名、「中国語を維持しようとの希望が出る」 1名、「最初からゆっくり学べる」(選択肢にない自由記述)1名であるが、保持クラ スの生徒(29名)が合計167の○をつけた(一人あたり5.8コ) のと対照的に○の総数 は6(一人あたり1.5コ)にとどまり、積極的に評価するまでにはいかないようだ。  4名とも中国語は「中国語クラブ」で学ぶだけで、特に自学習したり使ってみたりす ることはなく、「中国語を学ぶ時間がもっとあればいい」としたのは日本生まれの1名 のみ(保持クラスでは69%)であった。中国語の能力がどのように役に立つかについて は「家族とのコミュニケーションができる」、「中国を訪問した時に便利」を3名が選 んでいるが、日本生まれの2名が「中国語の書物を読んだりテレビや映画を観ることが できる」(現時点ではその能力はない)、「将来進学、就職に有利」を選んだ(将来志 向)のに対し、幼年期に来日した二名は選んでいない。現に中国語能力を持っている保 持クラスの生徒の回答パターンと日本生まれの2名のそれとが共通するものがあるのに 対して、幼年期来日の2名は中国語能力が低いことで肯定的な姿勢をもつことができな いのかもしれない。また、中国語は「中国人としての自分を支える」を選んだ者はなく 20 (保持クラスでは29名中27名、93.1%が選んだ)、「何年日本に住んでも自分は中国 人だ」との問いに対して「そう思う」とした者はゼロで、「どちらでもない」が2名、 「そう思わない」が2名である。これは保持クラスでは「そう思う」が29名中24 名 (82.8% :ただし滞日四年未満は100%、四年以上は64.3%と急激に減少する)である のと対照的である。しかしこれは彼らの民族帰属意識が中国人から日本人へとシフトし たと理解するのは早急で、滞日年数が長く(日本生まれも含めて)家庭での中国語使用 も限定されている生徒については「日本人か中国人か」という二者択一的な選択を迫る 問いは有効性を持つかどうかも検討しなければならないだろう。  「今一番の問題は日本語が分からないことで授業についていけないこと」としたのは ゼロ(保持クラスでは5名、17.2%)で、「日本語は理解できるが授業内容が分からな い」とした者もいない(保持クラスでは10名、34.5%)。「中国語の知識は日本語学 習に役立つか」には「そう思う」がゼロ(保持クラスでは19名、65.5%:ただし滞日 四年未満は80%、四年以上は50% と減少)、「そう思わない」が2名(幼年期来日) である。「役に立つ」とする意見が滞日年数が長くなるにつれて減少するが、これは保 持クラスの生徒についていえば彼らのもつ中国語(L1)能力を日本語(L2)習得に 効果的に活用する教育(バイリンガル教育の利点)が十分に行われていないことを示し、 初級クラスの生徒にとっては中国語は民族のルーツとつながる象徴的な存在にとどまり、 実際の言語学習に効果をもたらすほどのレベルに達していないことを意味する。自身の 民族のことばが第一言語として機能していないという点でいえば、初級クラスの生徒は 在日韓国・朝鮮籍の二世、三世と共通するところもあるが、後者の場合、民族文化、民 族アイデンティティー保持の努力は帰国生よりもはるかに熱心に行われている。現在中 国語能力を保持している生徒もやがて成人して仕事や家族をもち日本社会の構成員とし て組み込まれて時、その次の世代はどうなっているか。この「もう一つの」帰国生のあ り様はその一つの未来を暗示しているといえよう。 5 おわりに  中国帰国生の教育に熱心に取り組みある程度の成果を出している高校の例を見てきた。 成功の要因としてはある程度の在籍数があること、そのために独自のカリキュラム設定 や活動が可能になったことがある。言語能力については学力向上をめざす第二言語の授 業(日本人が担当)、すでにある知識や学力を支える中国語を保持する授業(中国人が 担当)に加えて、二言語を実際の作業を通して学ばせるさまざまな活動の機会があるこ とが大きく寄与している。それに帰国生の存在を正しく認識し、ありのままで受け止め ようとする教員や学校の姿勢、学内外での日本人との活発な交流、さらには読む力を発 21 達させるに不可欠な図書の存在などがうまく統合されて、学業面でも生活面でも充実し た学校生活が送れるようになっている。しかしこれはあくまで現場の教師たちの熱意で 維持されているのであって、決して潤沢な予算や人員配置がなされた結果ではないこと は明記しておかなければならない。  真の学力を正しく評価して高校への進学を促進すること、急速に進行する日本語話者 へのシフトを食い止めるための二言語能力(読み書き能力も含めて)を目指すことが重 要となる。その点でも定住志向も高く、漢字という共通する文字を持つことで有利な条 件にある彼ら帰国生の受け入れに成功するかどうかが今後増加するであろう外国人児童・ 生徒の教育にとって大きな試金石となろう。彼らについてうまくいかないようであれば 他の言語マイノリティーの生徒の受け入れがうまくいくはずはないのである。 付記:この論稿は2000年5月27日、28日に青山学院大学(東京都)で開催された異文化間教育学会第21回 大会および同年7月14日ニューヨーク市ロングアイランド大学ブルックリン校で開催された国際シ ンポジウム(An International Symposium:Bilingualism and Biliteracy Through Schooling)での口頭発表をもとにしたものであり、平成12年度文部省科学研究費および平成12    年度桃山学院大学特定個人研究費の助成を受けて行われた研究の一部である。 謝辞:本稿をまとめるにあたり、大阪府立上神谷高校の加藤智久、奥田彰、岡田三千子、韓蕾先生、      同泉北高校長田ひとみ先生、大阪市立市岡中学校松田裕子先生、大阪市外国人教育研究協議会、     および大阪府教育委員会高校教育課の方々には資料提供、インタビュー、授業見学、アンケート    実施などに際し多くのご協力をいただいた。ここに記して感謝します。 注 1)中国残留孤児や残留婦人、およびその配偶者、子、孫およびその配偶者などを総称して「中国帰国者」   という用語が使われることが多いが、他には「中国引揚者」という用語も使用されている。しかし厳   密にいえば残留邦人の配偶者、子、孫およびその配偶者などの場合は「帰国」や「引揚」ではなく    「来日」が正しい。「帰国生」、「帰国子女」という用語は日本人の海外帰国子女について用いられ   ることが多いため、学齢期の児童・生徒については「中国帰国生」や「渡日生」(この場合は中国か   らの生徒に限定せず日系ブラジル人の生徒などにも使われる)という用語を使うことが増えている。 2)「外国人生徒の半数が日本での進学を希望」朝日新聞 1997年5月14日 3)自費による帰国者、特に呼び寄せなどで来日した二世、三世については厚生省もその総数を正確には   つかんでおらず、定住先の各地方自治体が生活保護受給世帯、公営住宅の入居者数、小中高校の在籍   者数などのデータを総合して把握することになる。大阪府の「中国帰国者の定着状況の概要」には府   下の各市町在住の帰国者数が世帯、人数別に示されているが、府福祉部福祉指導課福祉係に相談があっ   たものを基に、府下の福祉事務所に照会して生活保護受給中の世帯を中心に統計をとったとある。 4)在日華僑の教育については Maher (1995) が詳しい。  Mahaer, John C." The Kakyo:Chinese in Japan", in Maher & Yashiro (eds.) Multilingual Japan, Multilingual Matters, Clevedon 22 また神戸中華同文学校の創立の歴史および教育理念などは同校文啓東校長へのインタビューを参照。 (http://www.univcoop.or.jp/kyouiku/bunkeito.html) 5)具体的な数字などは朝日新聞1999年11月2日、同11月17日の一連の「残留孤児」関連の特集記事   および厚生省社会援護局中国孤児対策室の資料による。 6)筆者が1994年に香川県高松市で飲食業や結婚式場などを営む経営者に行ったインタビューによる。 7)「1998年度国籍別幼児・児童・生徒在籍状況」(大阪市外国人教育研究協議会によるアンケート調   査)。調査対象には韓国・朝鮮籍の児童・生徒が含まれるが、その多くが日本語習得の問題を持たな   い在日三・四世であることから、調査の分析でも彼らを除いた項目がたてられている。 8) Cummins( 1984) が唱えた「対人コミュニケーション言語」(BICS:basic interpersonal communicative skills、文脈依存度が高くジェスチャー、表情、声の調子などの非言語要素の助 けをともなう言語活動)と「学習言語」(CALP:cognitive/academic language proficiency 、 分析、統合、評価などの高度な思考が求められる場面で要求される文脈依存度の低い言語)などの考 え方は近年日本における外国人子女の教育にたずさわる者にも知られるようになってきた。 Cummins, Jim (1984) Bilingualism and Special Education:Issues in Assessment and Pedagogy. Clevedon, Multilingual Matters. 9)文部省教育助成局海外子女教育課調べ。中国帰国生特別入学枠を設けている大学は国立大学が22,   公立大学が13(うち2校は短期大学)、私立大学は9大学ある。 10)「外国人生徒・中国等帰国孤児生徒のための高等学校入学選抜における特別措置等」(平成12年度   帰国子女・外国人子女教育担当指導主事協議会資料より作成)。公立中学校在籍者数の「外国人生徒」   数は平成11年9月1日現在、「中国等帰国孤児生徒」数は平成11年5月1日現在の人数。 11)大阪府において実施されている施策の種類と個々の施策の内容等は大阪府福祉部により作成される   各年度の「中国帰国者のための援護施策一覧」を参照。 12)「大阪府公立高等学校一般入学者選抜実施細目」より(大阪府教育委員会) 13)資料は少し古くなるが1994年8月の府下の中国帰国者の定着状況調査では、府下には4,463名      (1.437世帯)が居住し、堺市は大阪市の1,287名(436世帯)に次いで二番目に多く、1,028名     (346世帯)が居住する。堺市在住の1,028名のうち残留孤児・婦人は258名(106世帯)で、二、   三世が770名(240世帯)となっている。また346世帯のうち国費帰国者は78世帯、生活保護受給は   119世帯、公営住宅入居は328世帯となっている。 14)「地域の帰国生教育の拠点に」産経新聞 1998年12月10日夕刊 15)これらの正規授業時間中の日本語抽出授業および放課後補充授業には、中国帰国生の他日系ブラジ   ル人の生徒が1名含まれる。 16)「残留孤児の二・三世ー中国帰国生徒 日本で自立を」朝日新聞 1998年9月21日 17)寄付を行った85歳の愛媛県在住の男性は旧満州に従軍した経験をもつが、本人は名前の公表を望ん 23   でいない。ただし図書室の「中国語文庫」の書架にはこの男性の名前が書かれた小さなプレートが付   けられていて、帰国生とは手紙等で文通交流が行われている。(朝日新聞1999年3月9日) 18) Cummins, Jim (1981) Bilingualism and Minority Language Children, Ontario Institute for Studies in Education, Toronto. 19) Krashen, Stephen (1996)Under Attack:The Case Against Bilingual Education, Language Education Associates, Culver City, California, pp. 65-71. 20) 調査時に行ったインタビューにおいて、中国の学校で学んだことの方がレベルが高く、日本語が理   解できるようになるにつれ授業の内容の理解も急速に進んだと答えた生徒が多くいた。 21)言語能力の分析において四年を一応の区切りとしたのは、カナダの小学校(英語環境)に入った日   本人子弟が学年標準値の英語読解力を習得するのに平均4〜5年かかったとする報告書(Cummins &   Nakajima, 1990、中島1998より引用)を参考にした。   中島和子(1998)『バイリンガル教育の方法』アルク、PP.134-136 22) Hornberger, Nancy H. (1990) "Creating Successful Learing Contexts for Bilingual Literacy", Teachers College Record Vol.92, No.2, PP.212-229 23) Fishman(1984)はアメリカの国勢調査において英語以外の言語を母語と申請した者が1970年から   1980年の間に増加したことは、その間に民族語・民族文化による@新聞、雑誌などの定期刊行物、   Aテレビやラジオなどの放送メディア、B民族語・文化を教える地域共同体の学校、C住民が集まる   ことができ、精神的核となる宗教関連施設が増加したことと関連があるとしている。     Fishman, Joshua A.(1984)"Mother tongue claiming in the United States since 1960:trends and correlates related to the 'revival of ethnicity'", International Journal of the Sociology of Language, 50.pp.21-99. 24) Hornberger(1990)はフィラデルフィアの小学校でのカンボジア系の児童のクラスにおいて必ずし   もすべての生徒が話す能力が書く能力を上回るとは限らず、二言語による聞き、話す能力と読み書き   能力(bilingualism and biliteracy)の発達段階はさまざまであることを観察している。 24 付表:上神谷高校中国語沙龍参加者へのアンケート 帰国生の方におたずねします。 1 現在何年生ですか?(    年生) 2 何歳ですか?(     歳) 3 学校ではどちらの名前をよく使いますか?( 中国名、 日本名 ) 4 日本に来たのはあなたが何歳の時ですか?(    歳の時) 5 日本に来て最初に入学したのは?   (幼稚園、小学校、中学校、高校)の(    年生)ですか? 6 中国では(幼稚園、小学校、中学校、高校)の(    年生)までいました。 7 日本に来てからどこで日本語を勉強しましたか?( あてはまるものをいくつでも○をつけてください)  1 定住センター 2 日本語学校 3 入学した学校 4 自分で 5その他 8 あなたの日本語の能力はどのくらいだと思いますか?   (あてはまるものをいくつでも選んで数字に○をつけてください)   1 学校の授業の内容がほとんど理解できる   2 学校の授業で出される課題や宿題ができる   3 日本人の学生とのコミュニケーションに問題がない   4 人前でスピーチをしたり意見の発表があまり不安を持たずにできる   5 日本語の新聞や雑誌などが読める   6 日本語の小説が読める   7 日本語で手紙が書ける   8 テレビやラジオの番組が理解できる 9 あなたの日本語の能力のなかでどの能力が一番弱いですか?(一つ選んでください。)    ( 聞くこと、 話すこと、 読むこと、 書くこと ) 10 あなたのご両親の日本語の能力はどのくらいですか?(一つ選んでください。)   1 日常生活に不便がなく、読み書きも十分   2 日常生活に不便がないが、読み書きが十分でない   3 日常生活に少し不便が残る   4 まだかなり不便がある 11 次のような時、どちらの言語を使いますか?(一つ選んで○をつけてください)   . あなたが親に話す時( 日本語、中国語、両方混合 )   . あなたが兄弟に話す時( 日本語、中国語、両方混合 )   . あなたが祖父母に話す時( 日本語、中国語、両方混合 )   . あなたが帰国者の友人と話す時( 日本語、中国語、両方混合 )   . 親があなたに話す時( 日本語、中国語、両方混合 )   . 兄弟があなたに話す時( 日本語、中国語、両方混合 )   . 祖父母があなたに話す時( 日本語、中国語、両方混合 )   . お父さんとお母さんが話す時( 日本語、中国語、両方混合 ) 25 12 次のような話題について話す時、どちらの言語を使うことが多いですか?   . 家族に関する話題( 日本語、中国語、両方混合 )   . 学校の授業や学校の友人に関する話題( 日本語、中国語、両方混合 )   . 地域や近所の人に関する話題( 日本語、中国語、両方混合 )   . 新聞やテレビのニュースで見る日本社会全体に関する話題( 日本語、中国語、両方混合 )   . 中国にいる親戚や知人に関する話題( 日本語、中国語、両方混合 )   . 中国社会一般に関する話題( 日本語、中国語、両方混合 ) 13 あなたの中国語の能力はどのくらいだと思いますか?    (あてはまるものをいくつでも選んで数字に○をつけてください)   1 家族や帰国生の友人とのコミュニケーションが中国語ですべてできる   2 「中国語クラブ」の授業内容が理解できる   3 中国語の新聞や雑誌などが読める   4 中国語の小説が読める   5 中国語で手紙が書ける   6 中国語のテレビやラジオの番組が理解できる 14 あなたの中国語の能力のなかでどの能力が一番弱いですか?一つ選んでください。    ( 聞くこと、 話すこと、 読むこと、 書くこと )  15 あなたの日本語と中国語の能力を比べてみると?(一つ選んで○をつけてください)   . 聞くこと(日本語の方が高い、中国語の方が高い、同じくらい )   . 話すこと(日本語の方が高い、中国語の方が高い、同じくらい )    . 読むこと(日本語の方が高い、中国語の方が高い、同じくらい )    . 書くこと(日本語の方が高い、中国語の方が高い、同じくらい ) 16 「中国語クラブ」のよい点は何ですか?    (あてはまるものをいくつでも選んで数字に○をつけてください)   1 帰国生の友人と会える   2 中国語だけで勉強ができる   3 レベルの高い中国語に接することができる   4 中国語の読み書き能力が向上する   5 学校が中国語を学ぶ場所を提供してくれていることがうれしい   6 中国語を維持していこうという気持ちが出てくる   7 中国人の先生から教えてもらえる   8 その他(何でも自由に書いてください) 17 あなたは現在中国語をどのように勉強していますか?     (あてはまるものをいくつでも選んで数字に○をつけてください)   1 「中国語クラブ」で勉強するだけで、特にやっていない   2 自分で中国語の新聞や雑誌や本などを読んだりしている   3 中国語のテレビやラジオ番組を聞いたり、映画を見たりする   4 中国語で手紙や日記を書いたりする   5 中国語による授業を受けたりする   6 家族や友人たちとできるだけ中国語を使うようにしている 26 18 中国語が使えることは、どんなことに役に立っていると思いますか?    (あてはまるものをいくつでも選んで数字に○をつけてください)   1 家族や親戚の人とコミュニケーションができる   2 中国を訪れた時にも困らない   3 中国人としての自分を支えてくれる   4 中国語で書かれた本を読んだり、テレビ番組や映画を見たりできる   5 将来、進学や就職の時に有利だ   6 その他(                             ) 19 次の質問に答えてください。(一つ選んで○をつけてください)    . 日本では、中国語と日本語の両方ができることは評価されている。    ( そう思う、 そう思わない、 どちらでもない )   . 日本では、中国に対する関心が高い    ( そう思う、 そう思わない、 どちらでもない )   . 自分は将来、日本語も中国語も維持していけると思う    ( そう思う、 そう思わない、 どちらでもない )   . 中国語を勉強する時間がもっとあったほうがいい    ( そう思う、 そう思わない、 どちらでもない )   . 今、自分が一番困っているのは日本語が分からなくて授業についていけないことだ    ( そう思う、 そう思わない、 どちらでもない )   . 日本語は理解できるけれども、授業内容は全部理解できない    ( そう思う、 そう思わない、 どちらでもない )   . 日本の学校と中国の学校では、授業のやり方や先生と生徒との関係が違う    ( そう思う、 そう思わない、 どちらでもない )   . 中国語を知っていることは、日本語を勉強する時に役に立つ    ( そう思う、 そう思わない、 どちらでもない )   . 英語はにがてだ    ( そう思う、 そう思わない、 どちらでもない )   . 高校卒業後は大学等に進学するつもりだ    ( そう思う、 そう思わない、 どちらでもない )   . 日本に何年住んでも、自分は中国人だ    ( そう思う、 そう思わない、 どちらでもない  27 Empowering through Bilingualism and Biliteracy: A Case of Senior High School Returnee Students from China in Japan TOMOZAWA Akie This paper depicts a present situation of the education of the Chinese returnees and introduce a unique efforts of a senior high school in Osaka, Japan which has succeeded to empower the returnee students by providing unique curriculum aiming at bilingual and biliteral competency. In spite of the fact that Chinese returnee students have a strong desire to proceed to a higher education, and that their first language (Chinese), though linguistically unrelated, could be utilized in learning Japanese which shares "kanji", the Chinese characters, (especially the formal, academic written Japanese which is indispensable to proceed to a higher education), proceeding to high school and college is a big trouble to them. It is a big burden to having to pass the entrance examination with their limited Japanese competency and "scholastic ability" which is assessed in Japanese. Even after they enter a high school, they may drop out or make a low grade if an appropriate education is not provided. A public senior high school in Sakai, Osaka ( Niwadani Senior High School ) has a reputation both in its unique curriculum for returnee students and in its high proportion to proceed to college (50~80%). Students receive an intensive and careful Japanese language education every day (13~14 hours/week) and Chinese language class on every other Saturday from a native speaking teacher, in which they maintain their Chinese literacy through reading Chinese newspaper and literature and writing an essay in Chinese. The students activities expands to holding a debate with Japanese students on historical background of "why they are here in Japan" and publishing a book on their activities every year. The school provided a large room designated for returnee students, where they can read books in Chinese and talk with teachers freely. It has a large collection of Chinese books (2,000 volumes) in the library which contribute to developing their literacy in Chinese and cognitive and academic competence as well. A good balanced language education (Japanese and Chinese), various activities through which they use two languages with definite purpose, and knowing to be recognized as a Chinese-origin student by their Japanese classmates and teachers which scaffolds their ethnic identity all contribute to the successful education and a high percentage to proceed to college. 28