第1章 序論
1-1 研究の動機と目的 文部科学省(2000)によると、日本語教育が必要な日本国内の公立小学校に在籍する外国人児童の数は12,383人に上っている。外国人児童と一口に言っても、保護者の留学、駐在による来日、保護者の国際結婚による来日、中南米日系3世、中国からの帰国者の家族としての来日、インドシナ難民の家族としての来日など、その背景はさまざまである。 国内の年少者を対象とした日本語教育研究において、算数の教科学習につながる日本語指導に関する研究は数多く行われてきたが、算数は認知能力が高い教科であり、活動別には、計算などは文脈依存性が高い項目に、文章題は文脈依存が低い項目に分類され、とかく文章題のみを支援の対象としてゆく方向で研究が進められてきた。しかし、近年、小学校で目指される算数の教育は、基礎的な知識と技能のほかに、筋道を立てて考える能力や処理能力が重視されてきている。実際に児童が受ける教育は、教科書や文章の範囲だけで行われるのではなく、在籍学級という教室における学習活動全体を視野に入れなければならない。換言すれば、教師対児童、児童対児童の教室内言語活動という視点が必要なのである。そのような研究はこれまでのところあまり実施されていない。 1-2 研究の方法 本研究では、観察法と面接法という手法を用いて研究を行う。観察法は、人為的な操作を加えない自然な条件の中で行動を観察する自然観察法の中でも特に、参加観察法
を用いる。参加観察法1は、調査者(観察者)自身が調査(観察)対象となっている集団の生活に参加し、その一員としての役割を演じながらそこに生起する事象を多角的に、長期にわたり観察する方法(三隅・阿部 1974)で、多数標本研究では見逃される現象の詳細を明らかにしたり、既存の理論ではなく実施のデータをもとに新たな観点から仮説を作ろうとするときに適したアプローチである(田島他 2000:149)。このような方法を用いて得られたデータの内容を解釈したり、関係づけたり、分類することによって、現象についての概念化を行ったり、新たな仮説が構成される。このとき、観察に加えてインタビューや文書資料の分析、自分の体験などの種類の異なるデータで例証し、仮説や解釈的枠組みを多面的に補強することが求められる(田島他 2000:150)。本研究では、そのための手段として、面接法を用いる。 1-3 研究の概要 本研究は5章から構成されている。本章に続く第2章では、先行研究をまとめる。2-1で教科学習に必要な言語能力に関する先行研究についてCummins, Collierの論と、Edelsky他 ,太田垣,Cumminsの論に基づき、教科学習に必要な言語能力とはどのような能力であるかをまとめる。また、算数で求められる能力についても触れる。続く2-2では、日本語教育の分野で行われている、日本国内での教科学習支援に関する研究をまとめる。2-2-1では、本研究で中心に扱う算数の研究に焦点を当て、算数の教科学習のための日本語指導について、(1)教科書の語彙や表現に関する研究、(2)算数の文章題の困難点やストラテジーを探る研究、(3)日本語教室や在籍学級の授業観察研究、(4)その他の研究の方面から、どのようなことが問題点とされ、どのような支援策が提案されているかを概観する。2-2-2では、内容重視のアプローチの考え方と、中国帰国者定着センターで行われている、算数の内容重視アプローチに関する実践報告をまとめる。2-3では先行研究の問題点と提案された支援策をまとめ、2-4では先行研究から得られた課題を述べる。 1田島他 (2000)によると、参加観察法は参与観察法とも呼ばれる。 |