第2章  先行研究

2-1 教科学習に必要な言語能力に関する先行研究

 教科学習に必要な言語能力とはどのような言語能力を指すのであろうか。
Cmminsu(1984)は、年少者の言語能力を、基本的対人的伝達能(BasicInterpersonal Communicative Skills, 以下、BICS)、認知的学習的言語運用能力(Cognitive Academic Language Proficiency, 以下、CALP)に分類した。この分類によると、教科学習に必要な能力はCALPであるが、Cummins(1984)によれば、BICSの習得に必要な年数は2年程度であるのに対し、CALPの習得に必要な年数は5~7年である。また、Collier(1987:637)は、学習開始の年齢によってCALPの獲得に必要な年数を次のように結論付けた。

5~7歳の段階ではL1での習得もできていないため、L2のCALPを獲得するのは困難であるが引き続きL1を伸ばすための指導が行われたら、L2のCALPの発達はさらに早まる。8~11歳の間のスタートがL2のCALPの発達に最も効果的であるが、それでも同学年の児童の基準に達するのに4年以上かかる。12歳以上の生徒の場合は、もっとも困難で、同学年の基準に達するのに6年以上かかる。(太田垣 1996の訳を引用)

 Cummins、Collierは、ともに「一つの言語で培われた能力が、二つの言語に共通の深層言語能力の発達に相互に関わりあう」という相互依存の仮説をもとに、L2の発達にはL1が大きな役割を果たすという立場をとっている。

 しかし、CALPの重要性は広く言われていても、その「正体」は判然としておらず、BICSとCALPの峻別することも、また測定することも難しいとされている(池上 2000)。「CALPが学校におけるすべての教科学習に必要な言語能力をすべてし尽くし得るのか、CALP=教科学習に必要な言語能力、といえるのか」という点について、Edelsky他(1983)のように、「他者との対話という明らかにBICSに属すると思われる活動も、CALPを育成していくものではないか」と疑問を投げかける立場もある。
 この疑問に答える立場として太田垣(1996)、Cummins(2000)が挙げられる。太田垣(1996)は、(1)教科学習に必要な言語能力は一面的なものではなく、具体的な操作を伴う活動から抽象的な概念を説明する活動までのすべてを包括する、学習者の全体的言語能力を指す、(2)学習者の教科学習に必要な言語学習能力は、学習者の言語的知識、教科内容に関する知識、認知能力が融合したものであり、これらを統合した教室活動によって促進されるとし、教科学習に必要な言語能力を広い意味で捉えなおした。またCummins(2000)は、学習言語能力とは、学習を実際に行っている文脈においてこそ機能する能力であるとしている。換言すれば、教科学習に必要な言語能力とは、単に教科の内容に関わる語彙や表現のような言語知識や技能が熟達するということではなく、学習場面で情報収集をしたり、情報を提供したり、比較・分類・推測などを行う、認知的能力を果たす力なのである。
 それでは、教科学習として算数を取り上げるとき、算数に必要な言語能力とはどのようなものなのであろうか。Cummins & Swain(1986)は、学習としての言語使用を以下の4つのカテゴリーに分類している。(図1)

 A. 認知力はあまり必要とせず、場面にも依存しない。
 B. 認知力はあまり必要とせず、場面への依存度が高い。
 C. 認知力を必要とし、場面依存度も高い。
 D. 認知力を必要とし、場面依存度は低い。

 

 

図1 言語能力発達モデル

 

 このモデルに算数の活動を当てはめると、計算などはDに、文章題などの応用問題はCに分類されることになる。つまり、算数では認知活動の必要度は高いが、場面依存度は低いものと高いものがあり、高いものに関しては比較的どの言語の学習者も理解しやすい部分がある教科である一方で、低いものに関しては逆に言語依存度が高いため、教師の指導への配慮が必要な科目であると言えるであろう。

2-2 日本国内での入国・帰国児童に対する教科学習支援に
   関する先行研究

 研究や報告を概観すると、年少者を対象にした日本語教育全体の傾向は、@学習言語を意識した日本語教育、A教科と連動した日本語教育へ、B母語指導、母語教育を視野に入れた日本語教育へと向かっていると言ってよいであろう(池上 2000:202)。本節ではとくにAの問題に注目し、教科と連動した日本語教育研究の中で、算数科を中心になされた教科学習のための日本語教育の研究と、内容重視のアプローチを用いて教科と日本語を統合させようとする研究・報告についてまとめてゆく。

2-2-1 算数科の教科学習支援

 算数科の教科学習支援として、(1)教科書の語彙や表現に関する研究、(2)算数の文章題の困難点やストラテジーを探る研究、(3)日本語教室や在籍学級の授業観察研究、(4)その他の研究、の方面で、入国・帰国児童に対する支援が提案されてきた。上記の4つの観点から算数科学習支援について概観してゆく。

(1) 教科書の語彙や表現に関する研究

 算数教科書の語彙や表現を扱った研究に、岩沢・高石(1994)、石井他(1997)、外国人子女の日本語指導に関する調査研究協力者会議(1998)、河野(1998)がある。
 まず、岩沢・高石は、教科理解のためには教科学習の理解を助ける日本語教育が必要だとし、教科の一つとして算数を取り上げ、算数教科書の日本語について、@名詞語彙、A文末表現、B表現、Cキーワードの観点から以下の特徴を指摘した。

@ 名詞語彙
異なり語数は147語で、4回以上出現した31語のうち、18語が算数の語彙(かず、こたえ、1のくらい、10のくらい、のこり、ひきざん、たしざん、けいさん、かたち、しき、しかた、かたまり、つぎ、ながさ、せん、もんだい、じゅん、ちがい)である。
A 文末表現
「Vます」に続いて「Vましょう」「〜でしょう(か)」が多い。
B 表現
「VとV(〜になる)」(例「あわせるとなんびきになるでしょうか。」)「Vと、〜です」(例「5から2をとると、のこりは3です。」)が多い。
C キーワード
「あわせて、みんなで、ぜんぶで」「のこりは、ちがいは」など。

 以上の特徴を考慮し、岩沢・高石は、いわゆる日本語の初級文型と算数の学習内容を連携させ、教科書の試案を検討している。
 次に、石井他(1997)は、算数、数学の教科書における日本語(特に文章題)の分析を文法を中心に行い、1つの文に複数の出来事が入れ込まれて内容が複雑になっている文が問題点となっていると指摘した。石井他はその複文をより単純な文に書き換えるための留意点として、(1)文の構造を示し、長い文を短い短文に分ける、(2)難しい複合句、後置詞、補助動詞等は使わず、簡単な「です」「ます」の形にする、(3)算数の問題を解くのに不必要な部分(情報)は削る、(4)問題文に省略されていても、問題を解くのに必要な部分は補う、の4点を示し、教科書の文を用いて、以下の文型の書き換え試案を作成した。 書き換え例は石井他(1997:11-35)を参照されたい。

(1)並列になっているもの
 ・(名詞)は(名詞)で、(名詞)は(名詞)です。
 ・(名詞)は〜し、(名詞)は〜します。
 ・〜しないで〜します。
(2)文に書かれた順に理解すればよいもの
 ・〜して〜しましょう。
 ・〜してから〜しましょう。
 ・〜したら、(名詞)でした。
(3)条件を表すもの
 ・〜すると(疑問詞)ですか/〜しますか。
 ・〜するとき/〜したとき(疑問詞)ですか/〜しますか。
 ・(名詞)のとき(疑問詞)ですか/〜しますか。
 ・〜しても〜します。
(4)目的、到達点を表すもの
 ・〜するには〜します。
 ・〜するまで〜しましょう。
 ・〜するのに(疑問詞)〜しましたか。
(5)名詞を修飾する構文が複雑なもの
(6)名詞化した文が使われているもの
 ・〜することを〜しましょう。
 ・〜するのは(疑問詞)ですか。
 ・(疑問詞)〜するか〜しましょう。
(7)3節からなる複文パターン
 ・aが〜で、bが〜の(修飾される名詞)
 ・〜すると/〜したとき〜する(修飾される名詞)
 ・aがbのcの形をした(修飾される名詞)
(8)その他(文体、数式・記号を含む文、複合句、後置詞、わかりにくい文)

 外国人子女の日本語指導に関する調査研究協力者会議(1998)は、教科教育に結びつきやすい日本語教育を考える際の基礎資料を得ることを目的とし、算数・理科・生活科の教科書における語彙項目が学年別でどのように現れているかをA)文法項目、B)語彙項目に分けて品詞の分布・様相を探った。分析の結果、1・2年生では算数の方が理科より重複率が高く、より少ない文法項目でカバーされているが、3年生以上ではそれが逆転しており、算数の文章題の理解には文法項目をしっかり学ぶ必要がある点を指摘した。また、算数と理科をあわせて3分の2以上の学年で出現する語彙項目を重要語彙として位置づけた。

 動詞(56語):

遊ぶ、集める、表す、ある、合わせる、言う、行く、いる、

入れる、植える、動く、置く、思う、折る、かかる、書く、

重ねる、変わる、考える、決める、切り取る、切る、比べる、

来る、探す、調べる、する、確かめる、出す、経つ、食べる、

違う、使う、作る、付ける、つなぐ、出る、通る、取る、なる、

塗る、入る、測る、走る、開く、増える、減る、混ぜる、

まとめる、回る、見つける、持つ、やる、読む、わかる、分ける

 動作性名詞(2語)工夫、生活

 名詞(58語): 厚紙、家、色、上、嵩、数、形、学校、今日、公園、工作
用紙、午後、午前、子ども、算数、時間、しくみ、時刻、下、
写真、しるし、図、水槽、砂、全部、それぞれ、たて、玉、
卵、違い、次、手、テープ、点、中、初め、場所、花、半分、
東、左、人、瓶、ページ、棒、ほか、前、回り、みかん、右、
水、身の回り、みんな、目盛り、模様、横、量、わたし

数(10語):1、2、3、4、5、6、7、8、9、10
形容詞(8語):多い、大きい、高い、正しい、小さい、近い、長い、よい
形容動詞(3語):いろいろな、同じ、不思議な
副詞(4語):順に、もう(1回)、もうすぐ、もっと
接続詞(4語):また
こそあど(7語):この、これ、その、どう、どちら、どの、どんな
接頭語(4語):お〜、何〜、真〜、両〜
接尾辞(13語):〜回、〜君、〜個、〜時、〜cm、〜dl、〜つ、〜年、〜番、〜
         別、〜本、〜枚、〜メートル

 また、河野(1998)は、低学年・中学年・高学年別に、算数の教科学習の中で問題となる表現等を挙げ、その改善のための支援策を次のように提案している。

@ 低学年
助詞(「8は1と□」「2と5で□」)、動詞・助数詞(「3本いれると」「2台ふえると」「6人くると」「2枚つかうと」「4人帰ると」「3個食べると」「2わ飛んで行くと」)、「と」と「たら」の機能・接続形の違いなど、不必要な表現(「そうです」)
支援策:適切な言い換え、て形を避けた表現、具体化、書き換え
A 中学年
 数の表現、受身表現(「1さら250円のお皿と、1こ600円のコーヒーカップが1組になって売られています。」)、名詞の修飾部が長い表現(「たてが8cm、横が12cmの長方形があります。」)
支援策:シンプルに表現する。文を二つに分ける、不足している部分を補ったり、逆に不必要な部分を削る、分けた部分の形をそろえるなどの工夫をする。
B 高学年
抽象度が高い(1さつ180円のノートを何さつか買うつもりで、その分の代金を持って文房具屋へ行きましたが、1さつ180円のノートが売り切れていたので、それより安いノートを買ったら、持っていたお金で1.5倍のさつ数のノートが買えました。買ったノートは1さついくらですか。)
支援策:集中的な日本語教育を受けながら教科教育も進める。
母語を使った日本語教育も効果的である。

(2) 算数の文章題の困難点やストラテジーを探る研究

 学習者に焦点を当て、外国人児童が用いるストラテジーについて考察し、教科学習支援のあり方について提言を行った研究に、矢ア(1998)、杉山(2000)がある。
 矢アは、日常会話にはほぼ苦労しなくなっているが、在籍クラスでの学習についてゆくのは難しい日本語レベルのモンゴル人児童4名に対し、10問の算数文章題テストを行い、外国人児童のストラテジーを観察、インタビューによって調査した。その結果、@省略読み、A類推読み、B置き換え読み、Cキーワード読みの4つのストラテジーが駆使されていた。矢アは、教師が何かを施すという支援よりも、このようなストラテジーを伸ばすトレーニングを行うことが重要であるとし、文章をパターン化し、文の述部に着目しながら分かる言葉だけをつなぎ合わせ、大意を行う「トップダウン型方略」と、その教科特有の語彙や文章表現などのキーワードを学ぶ「ボトムアップ型方略」を融合して取り入れることが必要だとした。
 また、杉山は矢アの手法を用いて滞日2年前後と5年前後のブラジル人児童6名に対しストラテジー調査を行い、滞日期間の比較も行った。結果、矢アの4種類のストラテジーに加えD数字推測読み、E同文内の数字処理読みが国籍や滞日期間とは関係なく観察された。ストラテジーを用いた児童の正解率が高く、あまりストラテジーを用いなかった児童の正解率は低いという傾向(スピアマンr=0.8778、自由度=4.5%水準(r=0.886)両側検定)が見られたこと、またキーワードとなる算数用語が必要であることが明らかとなり、矢アの学習法を支持する結果となった。

(3)日本語教室や在籍学級の授業観察

 全国国語教育実践研究会編(1998)は現場の実践により得られたポイントを以下のように指摘している。

@ 単位、助数詞、漢字でつまずくことのないよう配慮する。
 ・ 単位を母語に翻訳したものの用意
 ・ 絵を入れた助数詞の一覧表
 ・ 問題文の漢字によみがなを振る。
A 独特の表現(語彙、文型)に慣れる。
 ・ 算数の教科書や授業で使用した教材で問題文の言い回しに慣れる。
B 文章題は、複雑な文を平易な文に書き換える。
 ・ 複文を単純な単文に書き換えて提示する。
 ・ 共通に体験したことなど既に分かっている内容を複文にして問題文とし、
  文の構造を理解する練習をする。
C 計算力でつまずかない問題で繰り返し練習する。
 ・ 問題文の中の数が大きすぎたり、分数や小数だったりすることで、つまず
  くことの内容に配慮する。本来のめあては、新しい日本語を算数の概念と
  ともに覚えるということである。その他の負担は極力除きたい。
D 自分で問題を作ることで理解を深める。
 ・新しい日本語を学習したら、その言葉を使ってみる。自分で問題を作って
  みることで、少しでもその言葉の定着を図ることができる。

 寺田(1994)は、外国人児童・年少者に対する義務教育上、日本語教育を教科別に行う必要性があるとし、数学、社会科を例に問題点を指摘した。数学に関しては特に、@数学の教科書にある解説文・問題文に慣れるための、必要な日本語への基本文型や基礎文法の整理・提示、A漢字熟語の意味を理解し、漢字の意味と数学概念の双方を理解できるような数学用語・語彙教育の実施、B数学用語の多義性、Bすでに日常的に習得している日本語の意味と、数学用語との違いの指摘が必要であると指摘した。また、年少者が数学を学ぶ際の問題点を1)教科書の説明文を読み取り、何が書かれているのかを理解する日本語の問題、2)与えられた問題を理解した上での数学上の問題の2段階に分け、数学の時間の初期指導としてなされる日本語教育は、1)に関わる問題を中心に簡単な文法説明をすることや、学年別に用語と概念を整理し、数学の解説文の理解を助けることを主目的とすべきだとした。
 三島(1996)は、3名の外国人児童を対象に、教科学習において、具体的にどのような日本語が妨げとなっているかを、算数の内容より3題、理科より1題、社会の教科書の一部分から1題からなるテストを用いて探った。算数の問題では、教科書の中で頻出の語でも理解していないものがあった。三島は調査の結果に基づき、教科学習支援の方法として教科書の漢字にあらかじめ振り仮名をつけておくこと、教科書を音読して聞かせることや音読テープ、学習言語の直接指導等を提案した。
 三島(1998)は、在日4年4ヶ月の児童2名、2年2ヶ月の児童2名を対象に、既習の39問の文章題を用いて解答できるパターンと解答できないパターンに分類し、取り出し指導での観察、日本語テストから、教科学習を困難にしている原因について調査を行った。その結果、4人に共通する問題点として、(1)演算の種類:掛け算と割り算が使えない、(2)四則演算の適用回数:3要素2段階の問題では、場面が複雑になり、場面を適切に捉えることができない、(3)思考の逆順:同じ場面でも、順思考であれば場面を捉えることができたが、逆思考では捉えられないものがあった、(4)思考の手助けに絵や図を利用することができない、という点を挙げた。その原因として、SPOTにより得られた日本語力の差のほかに、日本語がわからないまま授業を受けたり、教育が受けられなかったなどの、児童の教育歴を指摘した。
 安藤(2000)は、在日2年の中国人児童1名を対象とし、日常会話ができてもなぜ教科学習についていけないのかを明らかにするため、@授業についての調査、A授業後理解度チェック、B文章題解決過程についての調査を行った。その結果、@授業での提示の仕方が授業の理解に影響していること、Aこの中国人児童の場合は算数文章題を解く過程よりも理解する過程である「統合過程」が十分ではないこと、B算数文章題での問題要素の提示順や要素の長さが文章題理解を困難にすることが明らかになった。

(4) その他の研究

 中尾(2000)は理科、国語、社会、算数、生活の小学校検定教科書の文中の表現と学習目標、学習内容との関連を調べる調査を行った。その結果、検定教科書の文は@学習活動の指示を与えているもの、A学習活動、考察の際の視点を与えているもの、B学習する事象を説明する記述、C学習する事象をまとめて解説するもの、D学習者が抱くべき感想や意見を代弁したような文に大きく分けられるが、どの文体が主流かは教科によって異なり、文体の選択が、教科学習の目標・学習活動の性質と関連していることが明らかになった。算数では文のほとんどは作業であるため、指示が多く、図形や事物の説明文以外は丁寧体で表現されているという結果が得られた。中尾は、事象説明文以外では文全体で1つの表現意図を表していることが多く、文型・語・文型だけでは教科学習で使用される表現の使用意図を明らかにできないため、機能シラバスでの提示を提言し、教科学習用日本語指導として、以下の4段階の内容と留意点を示した。

表1 中尾(2000)による教科学習用日本語指導

  段階の内容  練習の留意点
第1段階 一般的な生活に基本的に必要とされる外国語としての日本語教育の段階。
日本語の音声認識訓練、適応、学習の習慣づけなどを含む生活用基本語彙から徐々に学習にも利用できる語彙を習得するように訓練する。
第2段階 外国語としての日本語教育で指導した基本文型や基本文法項目の形を踏襲して少しずつ語彙や構造を変態させる訓練を行う段階。徐々に教科別に日本語指導を行う。
  1)生活用の日本語の文型と教科書の
  文とで共通する文型に学習用の語
  彙を入れ換えて理解する訓練。
 2)単文で練習していた基本文型を2、
   3節の複文へと長文にした文を理解
  する訓練。
第3段階 情報収集のスキルとしての日本語を利用する方法の指導。






  1)文体の違いに着目し、学習内容、
  行動支持の箇所を探し出して必要
  な情報を読み取る訓練やまとめ方、
  感想、考え方の例を参考に作文す
  る訓練を通して、読み書きの練習を
  する。
 2)単元で利用している表現を聞き取り
  作業を行うこと、またこの表現を使
  用して口頭発表をする練習。
第4段階 教科書での自立学習を促すため、教科書を利用して学習のスキルとして日本語を活用する訓練。 第3段階の訓練を教科書で実際に行う。

2-2-2 内容重視のアプローチ

 生活適応→日本語学習→教科学習と段階的に学習を進めていると、ある一定の日本語を習得するまでに日本人児童生徒との間に教科学習において、大きな差がつき、その差が埋められない状態が続くという問題点が生じる。このような問題の発生を回避するため、教科学習に必要な学習言語を身につけさせるにはどうしたらよいかという問題の解決方法の一つとして、できるだけ初期の頃から日本語と教科の統合学習を行うという内容重視のアプローチの考え方がある。それらは、中国帰国者定着促進センターの子どもクラスでの、齋藤(1998、1999、2000)、齋藤・池上・田中・小川・大沢(2000)、齋藤・小川(2000)の一連の報告、研究にまとめられている。
 齋藤(1998、1999)によると、日本語教育と教科教育の統合には、@教科の内容を導入することで言語学習が暗記や言語の操作以上の現実的で実質的な意味を持つ学習となる、A児童生徒の知的興味や探究心を喚起し、学習に対する意欲的姿勢を引き出せる、B児童生徒の認知的社会的発達段階レベルに応じた内容について学習する活動は自然な文脈におけるコミュニケーションの機会を提供する、という3つの利点がある。齋藤(1998)では、算数は理解の上で言語への依存度が低く、具体物や数字の操作を直に見せたり、させたりすることによって理解が図りやすいこと、また説明によらなくても機能的に規則や方法を学ぶことができるため、プロセスを重視した内容重視のアプローチを実施できる科目の一つとされている。
内容重視のアプローチの試みでは、児童は教師との日本語によるインターアクションの中で学習を進めており、(1)既習の日本語のことばや表現を活性化して現在学習している内容と結びつけることで運用能力が高まること、(2)知っている規則を応用して文法面で正しい表現を使おうとしたり、ネガティブフィードバックを受けて正しい日本語へと訂正したりする過程で、日本語の規則についての仮説検証が行われ日本語の規則の体系化が進むこと、(3)新しく学んだ用語を使って結果や考えを発表することで語彙が増えることなどが報告されている。また齋藤(1999)は、教師の役割はことばの意味を理解させ、産出の手助けをするという支援であり、その環境を整備することであるとし、(1)日本語ネイティブとして日本語をはっきりと正確に話す、(2)教科内容に関連することばをタイミングよく提示しことばと意味を正しく結びつけさせる、(3)ことばの定着のためにわかりやすく板書をしたり意識的に繰り返し聞かせる、(4)教科内容の質問を答えやすいものにしたり、話し方や書き方のヒントを与える等の、対処方法を提示している。

2-3 先行研究のまとめ

 以上に挙げた先行研究をまとめると、次のようになるであろう。教科学習に必要な言語能力は、BICSとCALPという異なる二つの言語能力のうちCALPが教科学習に必要な言語能力であり、BICSよりも習得に年数がかかること、また学習開始年齢によっても習得に必要な年数が異なると説明されてきたが、現在の研究では学校教育全体の中でその言語能力は、実際の文脈においてこそ機能する能力であると広く捉えられている。
 国内の児童日本語教育における問題点の一つとして取り上げられている、「教科学習との関連」の問題について、算数科では以下の問題点が指摘されてきた。

1) 掛け算と割り算が使えない。
2) 3要素2段階の問題では、場面が複雑になり、場面を適切に捉えることが
   できない。
3) 同じ場面でも、順思考であれば場面を捉えることができたが、逆思考で
   は捉えられないものがある。
4) 思考の手助けに絵や図を利用することができない。
5) 算数文章題での問題要素の提示順や要素の長さが文章題理解を困難
   にする。

 また、生活適応→日本語学習→教科学習と段階的に学習を進めていると、ある一定の日本語を習得するまでに日本人児童生徒との間に教科学習において大きな差がついてしまうという問題点を解決する手段の一つとして、内容重視のアプローチを用いて日本語と教科内容を統合した学習に関する研究も進められてきた。

 アプローチの仕方にはいくつかの方法はあるが、日本語教育からの教科(ここでは算数科)学習支援として、以下の指摘がなされてきた。

1)  日本語ネイティブとして日本語をはっきりと正確に話す。
2)  教科内容に関連することばをタイミングよく提示しことばと意味を正しく結
     びつけさせる。
3)  ことばの定着のためにわかりやすい板書をしたり意識的に繰り返し聞か
    せる。
4)  教科内容の質問を答えやすいものにしたり、話し方や書き方のヒントを 
   与える。
5)  日本語の初級文型と算数の学習内容を連携させた教科書の試案
6)  算数と理科をあわせて3分の2以上の学年で出現する語彙項目の重要
   語彙表
7)  適切な言い換え、て形を避けた表現、具体化、書き換え
8)  シンプルに表現する、文を二つに分ける、不足している部分を補ったり、
    逆に不必要な部分を削る、分けた部分の形をそろえるなどの工夫をす 
    る。
9)  母語を使った日本語教育
10) ストラテジーを伸ばすトレーニング(「トップダウン・ボトムアップ融合型方
    略」)
11) 数学の教科書にある解説文・問題文に慣れるため、必要な日本語に基    本文型や基礎文法を整理して、提示する。
12) 漢字熟語の意味を理解し、漢字の意味と数学概念の双方を理解できる   ような数学用語・語彙教育を行う。
13) 数学用語の多義性を示す。
14) すでに日常的に習得している日本語の意味と、数学用語との違いを指摘
   する。
15) 事象説明文以外では文全体で1つの表現意図を表していることが多く、   文型・語・文型だけでは教科学習で使用される表現の使用意図を明らか   にできないため、機能シラバスで提示する。

2-4 先行研究から得られた課題

 教科書の語彙や表現の研究、文章題のキーワードや学習言語の探索研究では、算数の教科書に用いられる語彙や表現の特徴が示され、授業を担当する教師にとって有益な資料となっている。しかし実際の授業は語彙や表現の範囲だけで行われるのではなく、教室での学習活動における言語活動全体を視野に入れる必要がある。内容重視のアプローチはその意味で、言語活動を視野に入れているが、現在のところその研究は4ヶ月の初期指導をおこなう中国帰国者定着促進センターの研究のみで、実際の学校現場に適用するためには、TT指導のために、また担任の教師が指導に範囲を広げられるように、学校教育の現場におけるより具体的な問題点の探索が必要な段階である。各学年ごと、各教科ごとにどのような言語活動を伴うか、その言語活動を支える日本語として何が必要であるかについての分析があってはじめて、教科学習に直結する日本語が明らかになる。そのような検討を行うためには、教室内での活動のデータを取る必要がある(石井 2000)。
 また先行研究では初期に限定した指導が中心であるが、帰国児童のような永住を目的として来日している児童の場合は、より中・長期的な支援について研究がなされる必要がある。
 そして、算数科学習として文章題が多く取り上げられてきたが、実際在籍学級では、最近の文部科学省の施策から、教室内のコミュニケーションが重視されてきている。文部省(1998)は、指導要領総則の中で、配慮すべき事項として「学校生活全体を通して、言語に対する感心や理解を深め、言語環境を整え、児童の言語生活が適正に行われるようにすること(文部省 1998:4)」を明示し、国語化の目標である「伝え合う力を高める(文部省 1998:6)」だけでなく、「児童の日常生活は言語を媒介にして営まれるが、言語活動は何らかの生活目的を達成するために行われており、児童がどういう目的のために言語活動をするのかという意識をもち、その目的にかなった言語活動ができるようにすることが大切である(文部省 1999a:74)」と、学校生活全体におけるコミュニケーションの重要さを示している。算数科においてもそれは例外ではなく、算数科でコミュニケーションを重視する意義として、黒崎(1999)は、課題をよりよく解決する上で、自分なりに考え判断したことを互いに具体物を操作する、図やグラフを活用する、言葉や数式を活用するなどして情報交換し、「数学的アイディア」や「数理的処理の仕方」を共有する(黒崎 1999:14)ことができると説明している。
 以上ことから、算数科でも教師と児童、また児童と児童のコミュニケーションを含めた活動全体を視野に入れ、帰国児童が授業を受ける際の問題点を在籍学級で広く探り、支援策を考察する必要があると言えるであろう。