第3章  「中国帰国児童」と日本語支援

 本章では「中国帰国児童」を定義し、歴史的背景、動向、帰国児童生徒対象の教育支援策についてまとめる。

3-1 中国帰国児童の定義

 中国帰国児童を定義する前に、「帰国者」について述べる。池上(2000)、厚生労働省(2000)によると、1945年に第2次世界大戦が終結した後も帰国の機会を得られず、中国大陸(多くは旧満州地域)に残された日本人のうち、当時概ね13歳以上であった女性を「中国残留婦人」、それ以下であった人々を「中国残留孤児」と呼び、婦人と孤児、及びその他の日本人残留者を「中国残留婦人等」または「中国残留邦人」と総称している。72年の日中国交回復後、国による引き上げ事業が再開され、75年には肉親探しのための訪日調査も始まった。こうして日本に永住帰国を果たした中国残留邦人とその同伴家族が公的支援の場では狭義の「中国帰国者」と呼ばれており、残留婦人や残留孤児、その配偶者、二世・三世が含まれる。また、帰国時に同伴できず、日本定住後に中国から呼び寄せた家族も相当数が日本に在住する。一般にはこれら「呼び寄せ家族」も「中国帰国者」と呼ばれている。本研究もこれに従い、狭義の中国帰国者と呼び寄せ家族を含む、広義の中国帰国者を「帰国者」と記述する。
 次に、帰国者のうち、小学校就学年齢の子どもの呼称に相当に関する用語の扱いについて概観する。公的機関である文部省(1987)は、「帰国子女」のうち、帰国孤児等に同伴されて帰国する子女を「中国等からの引揚者の子女(引揚者子女)」、また近年の資料として、文部科学省(2000)では、「中国等帰国児童生徒(中国等帰国孤児等に同伴されて帰国する子ども)」という用語を用いて表現し、「外国人児童」(わが国の学校に就学する外国人、とりわけ中南米からの日系人労働者の同伴する子ども)、「帰国児童生徒」(海外に長期間(1年以上)在留した後に帰国した子ども)と区別している。
 竹長(1991)は、「子女」という言葉の持つ、女性蔑視や男女差別の問題を指摘し、広義で「帰国生徒」としている。さらに、帰国後小学校で学ぶ子どものことを「帰国児」または「帰国児童」、帰国後中学校や高等学校で学ぶ子どものことを「帰国生」または狭義で「帰国生徒」としている。
 縫部(1999)は、永住者である中国帰国者の家族の子どもたちのことを「帰国児童生徒」、南米ブラジルやペルーから親の都合で来日している、いわば自分の意思で来ているのではない子どもたちのことを「入国児童生徒」と呼んで区別している。
 また池上(2000)は、中国帰国者の二世、三世で初等中等教育を受けている者を「中国帰国児童生徒」と定義している。
 以上のように、時代背景や観点の違いから多少の用語の差はあるが、本研究では小学生を対象としているため、「中国帰国児童(以下、帰国児童)」という用語を採用し、その定義は竹長(1991)、縫部(1999)、池上(2000)に従い、「中国帰国者の同伴家族やその呼び寄せ家族のうち、小学校で学ぶ子ども」と定義する。

3-2中国帰国児童生徒の動向

 厚生労働省(2000)の調査によると、平成12年3月現在、帰国した残留邦人本人は6,021人、帰国者全体ではその数は19,163人に上る。年度間ごとの帰国児童数については文部省(2000)が「学校基本調査」により調査を行っている(図2)。厚生省が「身元未判明孤児」の帰国受け入れ制度を発足させた昭和60年(第一次帰国ラッシュ)と、「中国残留邦人等の円滑な帰国の推進及び永住帰国者の自立支援に関する法律」が施行された平成6年(第二次帰国ラッシュ)の数年に帰国児童数も増加し、現在も帰国は続いている。また、平成11年度を例に、帰国児童生徒の都道府県別在籍状況(表2)を見ると、帰国児童は、すべての都道府県とはいかずとも、すべての地域に在籍しており、地方分散の傾向があることがわかる。

図2 中国等帰国児童生徒数の推移(文部省「学校基本調査」)
   ⇒http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/g5.html

表2 中国帰国児童生徒数の都道府県別在籍状況(文部省「学校基本調査」)

地  域

都道府県 児童生徒数 地域別 地域別
小学校 中学校 高等学校 小  計 割  合
北海道 北海道 6 1 0 7 7 3.9%
東  北 青  森 4 0 0 4 11 6.1%
岩  手 0 1 0 1
宮  城 1 0 0 1
秋  田 0 0 0 0
山  形 0 0 1 1
福  島 3 1 0 4
関  東 茨  城 0 0 0 0 103 56.9%
栃  木 0 0 1 1
群  馬 1 0 0 1
埼  玉 2 2 1 5
千  葉 2 0 0 2
東  京 37 54 3 94
神奈川 0 0 0 0
北  陸 新  潟 0 0 0 0 1 0.6%
富  山 0 0 0 0
石  川 1 0 0 1
福  井 0 0 0 0
東海・甲信 山  梨 1 0 0 1 2 1.1%
長  野    0 0 0 0
岐  阜    0 0 0 0
静  岡    0 0 0 0
愛  知    0 1 0 1
三  重    0 0 0 0
近  畿 滋  賀 0 0 0 0 27 14.9%
京 都 10 5 0 15
大 阪 0 0 0 0
兵 庫 0 0 1 1
奈 良 0 11 0 11
和歌山 0 0 0 0
中  国 鳥 取 0 0 0 0 19 10.5%
島 根  0 0 0 0
岡 山 1 2 0 3
広 島  5 6 1 12
山 口 0 4 0 4
四  国 徳 島 0 0 1 1 4 2.2%
香 川 2 0 0 2
愛 媛 0 0 0 0
高 知  0 0 1 1
九州・沖縄 福 岡 2 0 2 4 7 3.9%
佐 賀  0 0 0 0
長 崎 1 1 0 2
熊 本 1 0 0 1
大 分 0 0 0 0
宮 崎 0 0 0 0
鹿児島 0 0 0 0
沖 縄 0 0 0 0
合  計 80 89 12 181 181 100.00%

(注)
1.児童生徒数は、平成11年度間に帰国した中国等帰国児童生徒数である。
2.小計欄の数字は、各地域ごとの都道府県の児童生徒の合計数である。

3-3中国帰国児童に対する日本語支援

 中国等帰国児童生徒については、日本語能力が不十分であったり日本の生活習慣に通じていなかったりすることから、日本語教育や生活面、学習面での適応指導について特段の配慮が必要である。このため、文部科学省では次のような施策を行っている。

 @ 外国人児童生徒等教育相談員派遣事業の実施
 A 担当の指導主事及び教員等を対象とした研究協議会等の開催
 B 教師用指導資料及び日本語指導教材の作成・配布(マルチメディア教
    材を含む)
 C 「帰国・外国人児童生徒と共に進める教育の国際化推進地域」事業の
    実施(23地域)

 しかしながら、これらの対策は帰国児童生徒が直面する課題に対応しているとは言いがたく、この点に関して池上(2000)は3つの問題点を指摘している。

 @ 国費で来日したか自費で来日したかによって、公的支援の範囲が異なる。
 A 国レベルの施策の運用が地域によって異なる。
 B 地域レベルの施策及びその運用が地域によって異なる。

 @については、例えば、1984年に公的機関として開設された埼玉県所沢市の中国帰国者定着促進センターが日本語・日本事情の初期集中指導を行っているが、その対象者は国費帰国者のみであり、呼び寄せ家族はその対象ではない。呼び寄せ家族として来日した帰国児童は初期指導も受けられないまま居住地の学区の小学校に編入することになる。また、ABについては、文部科学省の施策を基にしているものの、教育施策の状況は都道府県、市町村によって大きく異なることが例として挙げられよう。以下に、一覧を都道府県別(表3)、市町村別(表4)に示す。

表3 都道府県における帰国児童生徒教育施策の状況一覧 (文部科学省HPより)
   ⇒http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/0328-3.html

(注)
 1.「高等学校入学選抜配慮状況」について「全」は、県内の全校において特別な配
   慮を行っていること、「定」は特別定員枠を設定している高等学校を設置してい
   ることを表す。 
 2.ここでいう「海外」の児童生徒とは、日本国籍を有し、かつ、海外に所在する機
   関、事業所等への勤務若しくは海外における研究・研修等を目的として海外に
   在留していた者又は現在なお在留している者の児童生徒で、引き続き1年を超
   える期間海外に在留し、平成8年4月1日から平成11年3月31日までの間に帰国
   し、公立(国立を除く)の小学校、中学校、中等教育学校又は高等学校(全日制の
   課程に限る。)に在籍している児童生徒をいう。また、「中国」の児童生徒とは、
   「中国残留邦人等の円滑な帰国の促進及び永住帰国後の自立の支援に関す
   る法律」第2条第1項に規定する「中国残留邦人等」のうち、日本に帰国した者
   (帰国の時期を問わない。)の児童生徒で、公立(国立を除く)の小学校、中学校、
   中等教育学校又は高等学校(定時制・通信制の課程を含む。)に在籍している
   生徒をいう。

表4 市町村における帰国児童生徒教育施策の状況一覧
   ⇒http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/0328-4.html

 日本語教育という支援の側面について考えると、池上の指摘する3つのレベルによっても、また、さらに小さく学校、学級というレベルで見てもその支援には大きな差がある。外国人子女の日本語指導に関する調査研究協力者会議(1998)は、外国人児童生徒を担当している教員(教員歴、日本語指導の経験年数、職務)、学級における指導実態(取り出し指導の週平均時間数、どの教科の授業時間に取り出し日本語指導をしているか、取り出し指導により指導する教科、TT指導で教えている教科、授業編成、教材・指導参考書の整備状況)などにおいて、格差が大きいことを指摘している。例として、日本語教育担当専門の教員が外国人児童生徒を担当しているとは限らず、むしろ学級担任が担当することが多いこと(表5)、外国人児童担当教員の教職歴は豊富な教員が多いが(表6)、日本語の指導歴は1、2年と短い教員が7割を超えること(表7)、取り出し指導では平均時間が入門・初期6.0時間、中期で4.4時間となっているが、3時間以下も初期・入門で約3割、中期で約5割となっていること(表8)等が挙げられる。

表5 外国人児童生徒を担当している教
   員の職務
職務 実数  %
日本語教育担当
専門
学級担任
教科担任
管理職
養護教諭
その他
442
1279
111
117
5
335
19.5
56.5
4.9
5.2
0.2
14.8
表7 外国人児童生徒を担当している教
   員の日本語指導の経験年数
年数 実数 %
1年未満
1年
2年
3年
4年
5年
6年
7年
679
746
332
169
97
66
42
14
30.4
33.3
14.8
7.6
4.3
3
1.9
0.6
表6 外国人児童生徒を担当している教
   員の教職歴
年数 実数 %
1年未満
1〜5年
6〜10年
11〜15年
16〜20年
21〜25年
26〜30年
31〜35年
80
317
343
343
543
457
294
117
3.1
12.4
13.4
13.4
21.2
17.8
11.5
4.6
表8 取り出し指導の週平均授業時間数
時間 入門・初期実数(%) 中期実数(%)
1時間
2時間
3時間
4時間
5時間
6時間
7時間
8時間
9時間
10時間
11〜15時間
16〜20時間
107(9.3)
178(15.5)
105(9.1)
142(12.3)
148(12.8)
165(14.3)
30(2.6)
58(5.0)
20(1.7)
68(5.9)
88(7.6)
32(2.8)
132(12.3)
227(21.2)
169(15.8)
142(13.3)
117(10.9)
124(11.6)
33(3.1)
27(2.5)
12(1.1)
30(2.8)
37(3.5)
17(1.6)
平均時間 5.71 4.37
標準偏差 4.33 3.4

 また、文部省が実施する、日本語指導が必要な外国人児童生徒の受け入れ状況に関する調査においても、「日本語指導を必要とする基準が、具体的・客観的な方法や内容に基づいたものではなく、在籍校担当者や担任などの、経験的な判断に任されて(全国国語教育実践研究会編 1998)」いる点が指摘されている。以上のように、日本語教育の支援という側面一つをとっても、支援には大きな差があり、必要な支援を受けられない可能性さえあるのが現状である。