第5章  結論

5-1 研究のまとめ

 本研究の目的は、帰国児童2名の事例から、滞日が長期にわたる児童の算数の教科学習における問題点を探り、教科学習支援について考察することであった。
 今回の調査では、滞日5年目の帰国児童Aの具体的な問題点として、(1)教師の「指示・発問」がわからないことがある、(2)他の児童や教師の「説明」がわからないことがある、(3)個別指導での「助言」がわからないことがある、(4)一斉に音読ができない、(5)板書を見つめる時間が長く、教師が板書をすべて終えてから問題を写す、の5点が浮かび上がり、単語や日常の用語と算数用語の違いなどに困難を覚えていることが明らかになった。また、滞日6年目の帰国児童Bには、ほとんど問題点が観察されなかったものの、(1)説明を求められる発問に答えられない、(2)言い換え文の羅列で混乱することがある、という2点が問題点として浮かび上がった。
 担任教師は、帰国児童に対し個別に(1)短く話す、(2)問題文を音読して聞かせ何を求めるか確認する、(3)言い換える、(4)言葉だけでなく指で指しながら説明するなどの指導を行っていたが、その中にも(1)単語や表現の問題、(2)質問文の問題、(3)羅列の問題などが見られた。
 以上の問題点から、本研究は以下の3点について、算数学習の支援のための日本語指導法を提唱した。
 まず、教師の発問、説明の仕方に関する提案である。教室内で話されている言葉がわからない児童に対し、疑問詞の使い方に気をつけた発問、文の長さや文の中での単語の提出位置に配慮が必要である。担任教師は日本語の専門家ではないが、学級に入国・帰国児童が在籍する場合、日本語教育の基礎知識を持つことが望ましいであろう。
 次に、児童に指導する日本語に関する提案である。帰国児童Aの問題点から、帰国が長期にわたっても単語や表現に問題点があり、特に日常に習得している語と算数の用語に意味の違いがあることは、長期にわたり指導が必要な項目であると言えそうである。また、在籍学級で算数の授業を受けるためには、教師や他の児童とのコミュニケーション、自己の考えを表現するための日本語が必要となり、教師が使用する発問の型とそれに対する答え方、「〜だからです」などの説明の日本語の指導を提案した。
最後に、取り出し指導を行う際の、算数の内容と日本語の統合授業に関する提案である。在籍学級の算数の授業のスタイルは担任教師によって決定されるため一様ではないが、説明をする、説明を聞くという学習のスタイルには共通性が見られた。取り出し指導の際には、説明のしかた、説明を聞き、理解するためのトレーニングなどを組み込んでゆくことが必要であろう。

5-2 本研究の限界と今後の課題

 本研究では、データ収集にあたり以下の限界がある。まずは、発話はすべてフィールドノートに記録したもののみを対象としており、教室内での発話全体のデータと断言することはできない。また、期間もある単元のみを対象としているため、算数の全体像をこの一単元のみで表すことはできない。
日本語学級と在籍学級がますます連携し、一貫した教科学習が受けられるようにするためには、今後ますます在籍学級でのデータが必要であり、そのためには在籍学級の担任教師の理解が必要不可欠である。在籍学級の発話データを録音・録画によって、今後詳しい発話全体のデータ、またさまざまな単元、学年での長期的なデータの収集をすることが求められる。
 また、今回の調査においては半構造化面接という手法を用いて観察法の補助としたが、観察での他者の視点を組み込む余地があったとも考えられる。面接という手法全体に関しては、十分なトレーニングの必要性が感じられた。特に子どもを対象とした面接では、児童との関係作りが非常に重要である。
 最後に、本研究はあくまで事例研究であり、一般化を試みるものではない。しかし現在のところ、在籍学級の教師と児童の発話に関する調査から教科学習支援を行ってゆこうとする研究は少なく、また、本調査では、帰国児童Aと帰国児童Bというわずか2名にも非常に大きな差が見られたことからも、この領域の研究は、共通性以上に個別性を扱う段階にあると言えよう。個別性を扱った研究の積み重ねが当面の課題である。