紀要掲載:『早稲田日本語教育研究』第2号、2003年3月、早稲田大学大学院日本語教育研究科、pp.1-16.
1.はじめに
2.「日本語指導の必要な児童生徒」とは誰か
3.「日本語指導が必要な児童生徒」の「日本語能力」を測る方法とは
3−1 「会話能力テスト」の応用
3−2 「会話能力テスト」の成果と課題
3−3 「会話能力テスト」のへの批判
3−4 「4技能」測定テスト
4.「日本語指導のための日本語能力測定基準」のフレームワーク
4−1 「日本語を母語としない」児童生徒の日本語能力を測る観点
4−2 「日本語を母語としない」児童生徒のグループ分けとその特徴
4−3 日本語能力を測る「測定基準」のフレームワーク
4−4 教育行政といかに連携するか
5 今後の課題
注
参考文献
近年、「日本語を母語としない」児童生徒が全国の小中学校等に増加してきており、これらの児童生徒に対する教育的課題に、学校現場の教員をはじめ、ボランティアや教育行政担当官、研究者や学生などが共に取り組む実践が広く全国で展開している。また、これらの課題について、日本語教育の分野だけでなく、教育学、心理学、社会学などの分野でも研究が進められている。したがって、「日本語を母語としない」児童生徒の教育を新しい教育的課題として捉える認識が広まってきているように見える。
「日本語を母語としない」児童生徒の課題は多岐にわたるが、そのなかでもこれらの児童生徒の「日本語習得」は中心的テーマと言える。しかし、国や行政は、今後これらの児童生徒の増加が十分に予想されるにも関わらず、いまだにこれらの児童生徒に対する基本的な「言語教育政策」を構築できずにいる。また、学校現場では「日本語指導と教科指導」の観点から「どれくらい日本語指導を行ったらよいのか」の目安がないまま、手探りの指導が続けられている。
このような現状を踏まえて考えると、「日本語を母語としない」児童生徒の日本語指導に必要なのは、児童生徒の持つ日本語能力の発達の度合いを測り、かつ当該児童生徒にとって必要な日本語指導の側面を明らかにし、さらにその結果が教育支援を担当する教育行政に反映されるようなシステムを構築することではないかと思われる。本稿ではそのような問題意識から、「日本語を母語としない」児童生徒の持つ日本語能力の発達の度合いを測るフレームワークについて考察することを目的とする。
文部科学省はこの10年あまり全国の公立学校に在籍する「日本語指導の必要な外国人児童生徒」について調査を行っている。その調査のときに学校現場に示される「日本語能力」の基準は「A:支障なし、B:読み書きに支障あり、C:会話に支障あり、D:全くわからない」の4基準である。このうち「支障あり」と「全くわからない」の多くが「日本語指導の必要な児童生徒」として教育委員会に集約され、国に報告される。しかし、この調査の妥当性についてはこれまでも疑問が指摘されてきた。つまり、この「基準」が「日本語能力」を測る明確な基準となっていないこと、そのため実際には学校現場の「判断」によって「基準」がいかようにも解釈される可能性があること等である。つまり、ある学校では「支障あり」と判断された子どもが転校先では「支障なし」と判断されることもありうるのである。指導経験のない人が明確な基準のないところで「判断」せざるを得ないのが実情である。
文部科学省のこの「基準」の欠陥はそれだけではない。この「基準」には指導の観点がまったく含まれていない。つまり、「日本語指導の必要な」というときの「日本語指導」とは何かという点である。したがって、学校現場では「日常会話ができる」ようになれば「日本語指導」は必要ないと判断する場合も出てくる。しかし、実際には日常会話ができるようになっても「学習言語」が十分に習得されていないために「成績が低い」など学習面の問題を抱える児童生徒も多い。いわゆる「生活言語」の習得から「学習言語」の習得まで「日本語指導」は継続されるべきであるが、その観点も含まれず、またその必要性も明示されないまま、あいまいな「調査」が毎年繰り返されているのである。したがって、毎年発表される「日本語指導の必要な児童生徒」数、たとえば、2001年度で言えば「公立の小・中・高等学校および盲・聾・養護学校に在籍する当該外国人児童生徒数」は19,250人となっているが、その数は本来の「日本語指導が必要な児童生徒」のほんの一部であり、実際にはその数倍におよぶと推定される(1)。
文部科学省の「調査」の欠点はまだある。この「日本語指導が必要な児童生徒」は「外国人児童生徒」に限られており、日本国籍を持つ児童生徒をはじめから調査対象から除外している。しかし、実際の学校現場には両親の両方あるいは片方が日本国籍を持っているが家庭内言語は日本語以外の言語の場合もあるし、両親が「国際結婚」した後、海外で長く生活した「日本国籍者」、あるいは「日本国籍」を持ち海外で教育を受けて帰国した「帰国児童生徒」など、多様な子供たちがいる。したがって、「日本語指導が必要な児童生徒」という枠内に「国籍条項」を持ち込むこと自体、現状に合わないばかりか、国の無策を露呈していると言わざるを得ない。つまり、ここには、「日本語指導が必要な児童生徒」という問題を「外国籍児童生徒の問題」と限定し、「日本国籍者」対「外国国籍者」という二項対立の中で問題を捉える姿勢がある。しかし、このような捉え方は、学校現場の課題を把握していないうえ、「教育の可能性」を封じこめ、「人権無視」につながる可能性があると言えよう。
以上の点から、今必要なことは、文部科学省の「調査」で示される「基準」に替わる「日本語指導が必要な児童生徒」の「日本語能力」を測る新たな基準を明確にすること、およびその結果を、国を含む教育行政に反映させていくシステムを構築することである。換言すれば、「日本語指導の必要な児童生徒」とは誰かを明確にせずに国の行政への働きかけも、そのような児童生徒を指導する専門的な教員の養成も、またこれらの児童生徒に必要な日本語指導の内容やカリキュラムを確定していくことにもつながらないと考えるからである。
以下、本稿では、「日本語指導が必要な児童生徒」の「日本語能力」を測る方法についての先行研究についてレビューを行い、その問題点を把握したうえで、当該児童生徒の「日本語能力」を測る基準について検討を行い、かつそれを国や地方の教育行政にどのように反映させていくか、またその課題は何かについて検討するという順序で論を進める。
さて、「日本語指導が必要な児童生徒」の「日本語能力」を測る方法については、これまでもいくつかの研究がある(中島他 1994,
中島2001、2002、中島・ヌナス2001,伊東他1999, 2000
、岡崎 2002)。このテーマの研究には、石井(2002)が指摘するように、「測ろうとする言語能力とはいったい何か」「能力を評価するということはどういうことか」「能力を評価する方法としてどのような方法があり得るのか、その適切さについてどう考えたらよいか」(石井、2002:5)という、避けて通れない「重要な問題」がある。さらに、佐藤(2002)が「多言語環境にある外国人児童・生徒の評価」について指摘するように、「誰が何のために評価を行うのか」という点も忘れてはいけない視点である。
もちろん、これらの課題は重要だが、一方で現実の学校現場の状況を踏まえたとき、当該児童生徒の「日本語能力」を測る目安があることは、これらの児童生徒に関する現状認識を深める上でも、また教育指導を進める上でも必要であると考えられる。さらに、その結果をもとに、「日本語指導」と「教育行政」をつなげる方法を編み出すとことも緊急の課題であると考えられる。つまり、「言語能力」等については暫定的定義を与え、実践を通じながら再度検討を重ねる方法をとることも必要ではないか。したがって、本稿では、検討する「日本語指導が必要な児童生徒」の「日本語能力」をBachman
& Palmerの第二言語能力モデル(2)をもとにとらえ、現実に対応する方法を検討することにする。
本稿はそのような観点から論を進めるが、まず「年少者の日本語能力」を測る前提については確認しておきたい。第一の前提は、年少者の場合は成人の日本語学習者と異なり、母語を含む言語能力の発達段階にあるということである。したがって、第二の前提は、年少者の言語能力は発達過程での位置づけという意味で測定されなければならないということである。第三の前提は、言語能力の測定結果がその後の言語指導に役立つものでなければならないということである。
日本語学習者の「日本語能力」を測定する方法はさまざまに試みられてきた。しかし、前述の前提条件から見れば、成人日本語学習者向けの「日本語能力試験」(財団法人日本国際教育協会・国際交流基金)はそのままでは年少者には使えないことがわかる(3)。「日本語能力試験」のような受動的な試験よりも、学習者が実際のインターアクションの中でどのくらいその言語を使うかを見る方が、より正確な言語能力の把握になるとも考えられる。そのような発想の例は、アメリカ外国語教育協会(The
American Council on the Teaching of Foreign Language: ACTFL)のOral Proficiency
Interview(OPI)であろう。OPIはもともと汎言語的に使える「会話能力テスト」として成人外国語学習者を対象に開発されたもので、日本語教育への応用に関しては牧野(1991)、牧野他(2001)が論じている(4)。このOPIを「年少者の日本語能力」の測定に導入しようと試みたのが中島他(1994)、中島(2001)、中島・ヌナス(2001)中島(2002)である。
「年少者用OPI」と中島らが呼ぶ「会話力テスト」は、はじめカナダ日本語教育振興会(CAJLE)で中島らが1991年から開発してきたテストであり、「海外の日系人子女の日本語教育の現場のニーズに基づいて開発されたもの」(中島他、1994:41)であった。したがって、テストの主な対象者は、カナダに住む日系の子どもたちであった。
このテストは成人用OPIをもとに開発されたもので、「ロールプレイを中心にした面接テスト(約20分)」(中島他、1994:40)の「1対1の個人テスト」である。会話力は、「基礎言語面」「対話面」「認知・段落面」の3面から査定される。「基礎言語面」とは「どの位正確な日本語を話すかということ」で、「対話面」は「どの位会話が出来るかということ」、「認知・段落面」は「事実、考え、意見、感じたことなど、概念的なことまで含めてどの位まとめて話せるかということ」(中島他、1994:44−45)を測定する。またテストの実際の流れは、「導入」「レベルチェック」「ロールプレイ」「確認」「まとめ」の順序で進み、そのテスト過程では、独自に考案された「ロールプレイ・カード」が使用される。査定基準は、ACTFLのOPIの9項目に「聴解」「言語間の分化」「ノン・バーバル」を加えた12項目で、それぞれの項目がHigh,
Mid, Lowの三段階で評価される。さらに、教師や父母に対して、現地語と継承語の2言語の発達状況に関するコメントが書き込まれた「評価表」も考案された。
その後、中島・ヌナス(2001)、中島(2002)は、「年少者用OPI」をもとに開発された「会話テストOBC」(Oral Proficiency
Assessment for Bilingual Children)を使い、日本在住の中国語とポルトガル語を母語とする子供を対象にした調査について報告している。「会話テストOBC」は1対1の10分あまりのインタビュー・テストで、会話力を「基礎言語面」、「対話面」、「認知面」の3面に分けて測定する。テストの進み方は、「ウォーミングアップ」「導入会話」「基礎タスク」「対話タスク」「認知タスク」が被験者である子どもに応じて組み合わされる。テストの過程では、独自のカードやタスクが与えられ、ロールプレイやタスクの達成度を通じて会話力が測られる。査定基準としては、「基礎言語面」、「対話面」にそれぞれ6つの評価項目があり、「認知面」には4つの評価項目があり、各項目が5段階で評価される(ただし、全16項目のうち2項目は評価者によるコメントを書き込む形である)。この調査では、これらの基準によって得られた結果は6つの段階(ステージ)で分類された。「言葉による応答が困難」なステージ1から、「社会性が増して相手への配慮、丁寧さ意識が加わる」ステージ6までの中に、結果が分類されている(中島、2002)。
さて、上記のような「会話能力テスト」の成果と課題は何であろうか。 中島他(1994)は、その成果は以下の点としてまとめている。
- 「年少者用OPI」を開発した点
- そのテストの結果、サブマージョン環境の子どもの会話力に表れた現地語と継承語の発達の度合いを浮き彫りにした点(たとえば、英語[現地語]と日本語[継承語]の場合、英語、日本語ともに高度に発達している「両言型」、英語が強く日本語が弱い「英ドミナント型」、日本語が強く英語が弱い「日ドミナント型」、英語も日本語も弱い「半言型」と分類されるような子供たちの様子を明らかにした点)
- このテストの実施を通じて、子供たちの日本語学習への意欲を高めた点
一方、中島他(1994)は課題として、主に次の点を挙げている。
- 調査対象であった9歳から15歳の子どもよりもさらに年少の子どもたちの会話力を測る方法の開発
- 会話力の上限を日本語母語話者も含めて上限を設定すること(その場合、その上限が大人を対象にしたACTFLのOPIにどう位置づけるか)
- 継承語(JHL)の測定用として開発された「年少者用OPI」を、日本語を「外国語として学習する子供(Japanese as a second language, JSL)」(中島他、1994:40)にも応用できるように見直すこと
- 「レベルチェックのコンピュータ化」
- 「3面がMidと判断された子供の会話力の再検討」
中島(2002)はポルトガル語を母語とする子どもの調査を踏まえてわかったこととしてその成果を次のように指摘する。
- 日本語会話力と滞日年数の間の有意の相関が見られた(たとえば、年齢が高い子ほど高度の日本語会話力を獲得する傾向がある)。
- サバイバルに必要な対話力は2年くらいで獲得され、高度な認知面のコミュニケーション力の獲得は4年から5年くらいかかる。
- 母語保持と入国年齢には有意の相関が見られた(たとえば、母語成熟度が高い子どもは母語保持型になるが、母語成熟度が低い低年齢の子どもは後退型になる可能性が強い)。また、その中にも早期後退型、中期後退型、後期後退型などがある。
- 母語の会話力が高度に発達していることが第二言語の認知面のみならず、対話面の会話力の習得にも関連する。
- 保護者の二言語使用に対する態度や保護者の日本語力が子どもの日本語会話力や母語の会話力に影響を与えている(保護者へのアンケート結果から)。
これらを踏まえ、「ポルトガル語を家で使用する子どもの方が、ポルトガル語の保持のためにも、また高度な日本語会話力獲得のためにも有利である」(中島、2002:41)という結論へ導く。
また今後の課題として、中島(2002)は以下の点を挙げる。
- テストの設問が「文化的に妥当性があるかどうか」という点
- 2言語併用の子どもを対象に実施するテストが2言語になるため、先行する言語テストの「練習効果」にどう対処するか
- 会話力を伸ばすための教材作りやカリキュラム作り
以上が、中島和子が中心となって開発した「年少者用OPI」「会話テストOBC」の成果と課題であるが、今後の教育研究のためにはこれらの先行研究を改めて検討することも必要であろう。次に、「会話能力テスト」自体への批判を検討してみよう。
ACTFLのOPIに対してはアメリカでも批判がある。牧野(1991)は、OPI批判の最も重要なものとしてBachmanの批判を、「能力・テスト法混同の説」と「外国語能力複数説」のふたつにまとめて論じている。前者は、能力をテストの基準と同一視してよいかという批判である。たとえば、OPIでは被験者に「物語る/叙述する(narrate)」というタスクをさせ、それができれば上級の能力と判断するが、果たして、その基準が能力と一致しているかという疑問である。後者は、外国語能力は複数の独立した能力が相互に関連しながら成っているのではないかという批判である。つまり、文法能力、テキスト能力、イロキューション能力、社会言語能力、それらを束ねる言語能力、ストラテジー能力、さらにすべてを包含する伝達言語能力と図式されるような複数の能力の総体として外国語能力をみるべきではないかという主張である。牧野(1991)はこれらの批判を一定認めたうえで、OPIの使用するタスクの重要性や今後の中間言語の発達過程の研究や「談話文法、社会言語学、言語運用学」の分析が必要であることを主張し、「物語るとか叙述するとか、日本語で、どういう能力なのかが分かっていなければ、インタビューアーは受験者が上級かどうか判定出来ない」(牧野、1991:29)と指摘する。
横山他(2002)は、日本語能力試験とOPIを比較検討した中で、OPIへの批判として、OPIが「1対1の対話モードだけを見ており(中略:引用者)、複数の話者がいる場面でのインターアクション能力などが調べられないこと」、またOPIでは「全体的には試験官が会話をコントロールする形をとっており、一般の接触場面において求められる自発的な発話能力や会話管理能力などが十分に評価されていない可能性がある」こと、さらに、「被験者は、発話内容を自由に創造できることから、言語形式の面で「言えないこと」を回避する可能性があること」(横山他、2002:48)を指摘している。
このようにOPIというテストの「妥当性」と「信頼性」についての批判がある一方、OPIを実施する面でのハード面の批判もある。岩崎(2002)は、「OPIをその信頼性を損なわずに実施するにはトレーニングを受けた公式テスターがインタビューを行う必要があり時間もかかるため実用性の低いテスト法と言える」(岩崎、2002:100)と指摘している。
これらの批判は大人の学習者に対するOPIへの批判であったが、同様の批判が年少者を対象にしたOPIやOBCに対しても言えるのではないか。それらの批判に応える検討や研究が今後求められよう。
さらに問われるべきは、年少者を対象にしたOPIやOBCの目的は何かという問である。前述の「誰が何のために評価を行うのか」の観点に立った検討が必要である。中島和子の一連の研究は、カナダであれ日本であれ、「サブマージョン環境の子どもの会話力の強い面と弱い面を浮き彫りにすること」(中島、2002:29)を基本的テーマとしており、会話能力テストを通じてCumminsのいう「二言語相互依存仮説」や第二言語習得における母語の重要性を確認する結果となっている。また中島はこの「会話能力テスト」が「査定ではなく、あくまでも発展途上の二言語を3面でモニターし、会話力のカルテのようなものを周囲の大人が共有して指導の指針にしようということ」(中島、2002:29)がねらいであると言うが、調査過程に見られる単発的なテスト結果がどのように教育に生かされたのか、また今後生かされていくのかについては十分な見通しが示されていない。先行研究の結果を追認するためだけの実験的なテスト調査であれば、被験者にとってはよい教育的結果をもたらすとは言えないだろう(5)。
「会話能力テスト」のほかに、いわゆる「4技能」を測るテストについての調査研究もある。伊東他(1999、2000)は外国人児童生徒を対象に開発された「教科の学習をする上で必要とされる口頭表現力、読解力、文章表現力の基礎力の測定を目的としたテスト」(伊東他、1999:34)について検討している(6)。このテストは、「4技能」すべてを測定することを前提としている。具体的には、聴く力と話す力を測る「口頭表現力テスト」(20分のインタビュー形式)、読む力を測る「読解力テスト」(20分の選択・クローズ形式)、書く力を測る「文章表現力テスト」(30分の筆記形式)の3種類のテストである。「口頭表現力テスト」の評価内容は@指示表現の理解力、A音読力、B既知情報の伝達力、C意志・感情の表現力、D問題解決力で、「読解力テスト」の評価内容は@文字表記理解力、A語彙理解力、B文法理解力、C内容把握力、また「文章表現力テスト」の評価内容は@文字表記力、A語彙表現力、B文法表現力、C内容・構成力、とされている(伊東他、1999:35−36)。
このテストは、このような多様な言語能力を「4技能」を切り口に測定しようとする点に特徴がある。「会話能力テスト」だけでは測定しにくい言語能力を測定しようとしている点は評価できるが、このテストにはいくつかの課題もある。たとえば、このテストは「教科の学習をする上で必要とされる口頭表現力、読解力、文章表現力の基礎力」を測定することを目的とするというが、テストの内容がその「基礎力」の内容に一致しているのかどうかという点、また、このテストの内容はテストの対象となる外国人児童生徒の認知発達や言語発達とどのように連関しているのかという点、あるいは同じ年齢層の外国人児童生徒の成育環境(公的な教育を受けたことのない場合や、母語による識字教育が不十分な場合など)の多様性と、このテストはどのように連関するのかなどの点がある。
以上、年少者を対象にした「会話能力テスト」や「4技能」測定テストを検討してきた。これらのテストの共通点と課題点をまとめてみると、@いずれもある時点の「言語能力」を測定する「診断的テスト」であるという点で共通するが、それゆえA比較的短時間で測定できるという点では便利なものの、「測定される言語能力」はその時点での静態的な「能力」、あるいはあるタスクに表れた「能力」にすぎないという点、加えて、Bこの結果を学校現場の教員が行う日々の指導にどのように連関させていくのかが不明であるという点が、共通の課題点と言えよう。
したがって、前述の文部科学省の「調査」で示される「基準」に替わる「日本語指導が必要な児童生徒」の「日本語能力」を測る新たな基準を明確にすること、およびその結果を、国を含む教育行政に反映させていくシステムを構築するという観点に立てば、これまで検討してきた「会話能力テスト」や「4技能」測定テストを、その目的に使用することは適当とは言えないだろう。「診断的」あるいは「静態的」観点に立った「測定法」ではなく、日頃の指導の中で学習者の言語能力の実態を「動態的」な観点から「測定」することができる「基準」、またどのように言語発達していく途上にあるかを見通す「指導的」な観点から「測定」することができる「基準」こそが、必要なのである。換言すれば、そのような観点に立った「言語能力測定」の発想が、これまでの「会話能力テスト」や「4技能」測定テストの開発にはなかったのではないかと思われる。もちろん、だからと言って、「会話能力テスト」や「4技能」測定テストがすべて無駄であったとは言えないし、改良を重ねた有効な「診断的」テストができるなら、それらのテストと相互補完的関係で、いま学校現場の指導に必要な「日本語能力の測定基準」を新たに構想することも必要ではないかというのが、本稿の趣旨である。
前節までの議論を踏まえて、ここでは、「日本語を母語としない」児童生徒の言語能力の実態を「動態的」な観点から「測定」することができる「基準」、またどのような言語発達の途上にあるかを見通す「指導的」な観点から「測定」することができる「基準」について検討する。
「日本語を母語としない」児童生徒の言語能力の実態を「動態的」な観点および「指導的」な観点から「測定」する場合の基準には、以下の点が必要であると考えられる。
- 子どもの発達段階に応じた能力測定であること
- 会話能力だけでなく、いわゆる4技能に関わる言語能力測定であること
- 静態的な能力測定ではなく、時間をかけた動態的な能力測定であること
- 訓練を受けたテスターによる測定ではなく、一般の教師が注意深く観察すれば誰でもできる測定であること
- ペーパーテストでなく、測定を通じて教師の言語理解が進むようなものであること
- そのためには、その基準に言語運用能力やストラテジー能力など日本語使用に関する伝達言語能力の情報が盛り込まれていること
- 測定結果が教育指導や教育行政へ反映され、継続的に子どもに支援ができること
これらの点は、同時に、この「基準」の特徴とも言える。つまり、この「基準」は「日本語がわからない」状態の子どもが日々の生活と学習を通じて徐々に言語を習得していく過程を、4技能の面から「測定」していくという考えである。その場合、4技能の進み方は各技能によって異なることもある。
前述の「子どもの発達段階に応じた能力測定」という意味は、学習者の年齢や成育背景の違いについても考慮が必要であるということである。ここでは暫定的に「小学校低学年児童」(6−7歳)、「小学校中高学年児童」(8−11歳)「中学・高校生」(12歳以上)に分けて考える(7)。これはあくまで目安であり、これらのグループ内にも年齢差は認められよう。
また、「日本語を母語としない」児童生徒で同じ年齢集団に含まれる場合でも、「母語による読み書き経験の有無」「日本語への接触度合い」「就学前の幼稚園等の経験の有無」「学校通学経験の有無」「学習障害」などにより、いくつかのグループに分かれるであろう。たとえば、「小学校低学年児童」(6−7歳)の場合、以下の6つのグループが考えられる。まず、第一グループは小学校入学前に来日した場合で、「家庭内で第一言語による読み書き経験があり第一言語が優勢な子どもたち」である。この場合、日本語はほとんどできない子どもたちである。近年、入学前に来日し、日本の保育園や幼稚園に入ってから小学校へ入学する子や日本生まれの子どもも増加している。この場合、第一グループとは明らかに異なる。つまり、日本語と母語のバイリンガルな環境で育ち、両言語の文字にも触れた経験を持つ子どもたちであるが、その場合、「家庭内で第一言語による読み書き経験があるが日本語への接触もある子どもたち」(第二グループ)と、「家庭内で第一言語と日本語の読み書き経験があるが日本語が優勢な子どもたち」(第三グループ)に分かれるであろう。後者の多くは日本生まれで、家庭内では日本語と母語のバイリンガルな環境で育つが、日本語が優勢で、母語はわかるが話せないという子どもたちである。今後、この第二、第三グループの子どもたちの増加が予想される。次は、来日前に祖国等で第一言語による学校生活を体験し、その後、日本の学校に入学してくる子どもたちや日本国内で第一言語による学校生活を体験した子どもたちである。日本語は話せないが母語がしっかりしており、かつ学校というシステムにも慣れている子どもたちである。「就学経験があり第一言語による読み書き経験のある子どもたち」(第四グループ)と言えよう。他に、近年の入国数は多くないが、戦争や飢饉などの災害、またさまざまな理由により家庭内教育が不十分で、かつ苛酷な成育環境に長い間さらされてきたような場合の子どもたちである。その場合、読み書き能力が低く、かつ学校などのシステムにも不慣れな子どもたちで、「家庭内での読み書き経験が少ない子どもたち」(第五グループ)である。最後の第六グループは「学習障害を持つ子どもたち」である。学習障害を持つために、日本語の習得が停滞しがちな子どもたちである。このように、小学校低学年の場合、子どもたちの異なる背景や成育環境に応じて、母語能力、日本語能力、学校適応力に差が生まれる。
「小学校中高学年児童」(8−11歳)の場合は、最も多いケースは、祖国で学校生活を経験し、その後、日本の学校へ入学してくる場合であろう。学校というシステムには慣れているが、日本語に触れるのは初めてという、「第一言語で教育を受けた経験のある子どもたち」(Aグループ)である。次は、小学校低学年段階で上記の第一、二、三、四グループに含まれていた子どもたちで、「小学校低学年から日本の学校に入ってきた子どもたち」(Bグループ)としてひとまとめになる。このふたつのグループの子どもたちが大半と考えられるが、他には、「小学校低学年に入学してきた上記の第五グループの子どもたち」(Cグループ)や、「第一言語による教育を受けてこなかった子どもたち」(Dグループ:さまざまな理由から小学校中高学年まで公的な教育を受けてこなかった子どもたち。それゆえ識字能力が低く、学校のシステムにも不慣れな子どもたち)、また学校低学年の第六グループと同じように「学習障害を持つ子どもたち」(Eグループ)も考えられる。
「中学・高校生」(12歳以上)の場合は、まず、前述の「小学校中高学年児童」のAグループと同様の、「第一言語で教育を受けた経験のある子どもたち」(A2グループ)である。次は、「小学校から日本の学校に入ってきたグループ」で、日本滞在期間も比較的長く日常会話はできるが、母語による読み書き能力が不十分で学習言語が十分に発達していない場合もあり、学習成績が十分に上がらない子どもが多い(B2グループ)。このふたつのグループが大半を占めるが、他には「第一言語による教育を受けた経験のないグループ」(C2・D2グループ)、「学習障害を持つグループ」(E2グループ)も考えられる。
このように、年齢集団においても、さまざまな背景を持つ「日本語を母語としない子どもたち」がおり、その特徴を十分に考慮して指導を進める必要があろう。換言すれば、そのようなグループに見られる特徴を考慮しなければ、当該児童の言語習得がどうして遅れているか、学習が進まないのかなどがわからず、単に「意欲がない」「学力がそもそも低い」などと判断し、当該児童を見てしまう可能性があるからである。
次に、日本語能力を測る「測定基準」について以下に検討してみよう(8)。
(1)4技能別の基準の設定
成人学習者の場合も同様であるが、4技能がアンバランスの場合もある。たとえば、日本生まれの外国籍児童の場合、家庭では母語で、外では日本語で話すという二重言語生活を経験してくると「話せるが書けない」「話せるが読めない」等のケースがあるからである。したがって、「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能別の言語能力測定の基準が必要である。それも、前述の年齢集団別に4技能の測定基準を設定することになる。その基準は「まったく日本語がわからない」段階(言語能力の低い段階)から「日本生まれの児童生徒に近い」段階(言語能力の高い段階)まで、7段階あるいは8段階に分かれる。したがって、「測定基準」のフレームワークは以下のようになる。
年齢集団 | 4技能 | 測定段階(レベル) |
小学校低学年 | 聞く | 1・2・3・4・5・6・7 |
話す | 1・2・3・4・5・6・7 | |
読む | 1・2・3・4・5・6・7 | |
書く | 1・2・3・4・5・6・7 | |
小学校中高学年 | 聞く | 1・2・3・4・5・6・7 |
話す | 1・2・3・4・5・6・7 | |
読む | 1・2・3・4・5・6・7 | |
書く | 1・2・3・4・5・6・7 | |
中学生以上 | 聞く | 1・2・3・4・5・6・7・8 |
話す | 1・2・3・4・5・6・7・8 | |
読む | 1・2・3・4・5・6・7・8 | |
書く | 1・2・3・4・5・6・7・8 |
(2)各基準の内容
表1の「測定段階(レベル)」の各段階には詳しい記述をつける。その内容は、「全般的特徴」「第二言語習得のストラテジー」「言語運用やコミュニケーションの特徴」「日本語使用上の誤用あるいは典型例」「母語との連関」「年齢集団の特徴」等が記載される。その例を「小学校低学年」の「話すレベル1」から「話すレベル3」で述べてみよう(表2,3,4参照)。
小学校低学年 話す レベル1 | |
全般的特徴 | 日本語に初めて触れる。母語による社会的知識および母語、日本語の一部を使う。 |
第二言語習得のストラテジー |
|
言語運用上の特徴 |
|
小学校低学年 話す レベル2 | |
全般的特徴 | 日常生活でよく使う決まった日本語表現を理解し始め、身近な環境で日本語を話すことを試み始める。母語による社会的知識および母語、日本語の一部を使う。 |
第二言語習得のストラテジー |
|
言語運用上の特徴 |
|
|
小学校低学年 話す レベル3 | |
全般的特徴 | 学校生活やクラス内で使われる日本語に慣れ、日本語を学習し始める。母語と日本語による社会的知識および母語、日本語の言語能力を使う。 |
第二言語習得のストラテジー |
|
言語運用上の特徴 |
|
表1で示したように、3つの年齢集団で4技能の「測定段階(レベル)」は全体で合計90段階ほどになる。紙面の都合で、そのうちの3つの段階の試案を示すに留まったが、これによりフレームワークの一端を示すことができたと考える。このフレームワークの特徴として、母語と日本語による言語能力と言語運用に関するさまざまな情報がレベル毎にまとめて示されている点、また、そのレベルが積み重なることによって言語発達の見通しが理解できる仕組みになっている点、さらに、当該児童生徒の言語能力を多角的に測定することにより4技能のバランスと相互関連がわかること、その結果をもとにバランスのとれた指導が可能になることなどが挙げられよう。
(3)測定の方法
次にこの「基準」をもとに、いつ、だれが、どのようにして当該児童生徒の言語能力を「測定」するのかについて述べる。
この「基準」にそって言語能力を測定するのは、学期のはじめと学期の途中、また学期の終わりなど、2ヶ月から3ヶ月の間隔を置いて行うのがよい。その理由は、言語発達の様子や停滞している部分の把握をすることができるからである。また、この「測定」をするのは当該児童生徒に日本語を教えている担任や取り出し教室(日本語クラス、国際学級など)の担当者などが考えられる。現在は公的に定められていないが、複数の学校を巡回して日本語指導を行うような専門教員(仮に「JSL教員」と呼ぶ)がいれば、その教員が定期的に「測定」をするのがよい。「測定」を行う教員は、この「基準」のフレームワークおよび内容を熟知していることが必要であるが、OPIのテスターなどのような特別の訓練を受けた教員が行う必要はない。初等中等教育教員養成課程に「日本語」が設置され、「JSL教員」が養成される場合は、この「基準」が使えるように訓練されるべきであるが、当面それが望めないとしても、担当教員がこの「基準」を使った「測定」をすることによって、当該児童生徒の言語発達の理解は進むはずである。なぜなら、この「基準」を使って「測定」を行うためには、担当教員が当該児童生徒を意識的に観察することが必要となるからである。このように、当該児童生徒の言語能力を「測定」するには、日頃の観察が必要であるが、ある課題やタスクを与えて、その課題やタスクを行う様子を観察して「測定」することも可能であろう。そのための、課題やタスクもこの「基準」には用意される。たとえば、簡単なゲームを複数の児童生徒に行わせ、その様子を観察するという方法である。その場合は、当該児童の言語発達や認知発達の段階や年齢などを考慮した課題やタスクが考えられなければならないであろう。
以上、「測定基準」のフレームワークと内容、およびその方法について述べてきたが、この「測定基準」は、診断的テストとは異なり、中長期的展望の中で言語発達をどう把握し、指導を行っていくかに焦点がある。つまり、言語発達の動態的な把握と指導を目指すところに特徴があり、従来の診断的テストとは補完的関係に位置付けられるものと言える。
前述の「測定基準」という言語能力測定システムを導入する意義は、言語発達の把握を学校現場の指導に生かすためだけにあるのではなく、学校現場と教育行政との効果的な連携を図るためにもある。では、その連携はどのように行われるのか。
現在では、「日本語指導が必要な児童生徒」がいる場合、@その児童生徒を受け入れた学校の教員(管理職を含む)が「日本語指導」等を行うか、A教育委員会からの「派遣協力者」が週に数回指導を行うかであり、またB「日本語指導が必要な児童生徒」が10人以上在籍する場合は、加配教員が配置され、取り出し教室を担当することになる。また、実施校は少ないが、「日本語指導が必要な児童生徒」が加配教員のいる学校へ近隣の学校から「通級」してきて、日本語指導を受ける「センター校」方式の地域もある。この中で圧倒的に多いのは、統計的には@とAである。しかし、いずれにせよ、これらの日本語指導には教育行政的要素が大きく関わっている。たとえば、上記のAの場合は、教育委員会の予算により、指導回数も決められるし、一回の訪問指導に支払われる講師謝礼も地域によって異なる。これでは、公的な教育予算が「日本語指導を必要とする」児童生徒へ公平に、また効率的に配分されているとは言いがたい。
このような非効率的で公平でないシステムを変えるには、まずこれらの児童生徒の学習権に基づく国の言語教育システムを公的に構築しなければならないが、同時に、国の言語教育システムを実質的に施行するシステムも必要となる。そのようなシステムを支えるものとして、上記の「測定基準」が役に立つのではないかと筆者は考える。
具体的に述べてみよう。上記の「測定基準」に基づき当該児童生徒の言語能力を把握し、それを点数化する(ポイント制)。「測定基準」のレベル1はポイントが最も高く、レベル7あるいはレベル8はポイントが最も低い。つまり、このポイントは、「日本語指導の必要度」を示す。このポイント制により計算すると、ある学校に在籍するすべての「日本語指導を必要とする」児童生徒の4技能のポイント数の合計点をその学校のポイント数とすることになる。一方で、JSL教員ひとりを学校に1日配置するポイント数を教育行政レベルで決めておく。両方を合わせると、次のような計算式で当該学校のJSL教員の配置日数が出る。
[「日本語指導を必要とする」児童生徒の在籍する学校の合計ポイント数]÷[JSL教員ひとりを学校に1日配置するポイント数]=[当該学校でJSL教員が教える日数]
この方法では、「日本語指導を必要とする」度合いの高い児童が多い学校は、合計ポイント数が多くなり、その分、JSL教員の配置日数が多くなる。つまり、必要な児童生徒へ多くの教育的指導が行き届くことになる。この方法をとれば、前述のような「派遣協力者」の謝金のばらつきを是正し、かつ公平で計画的な予算の執行ができるのである。そのためには、上記の「測定基準」を全国に共通する基準として実施する行政的指導が必要となる。また、この仕事は必ずしも教育委員会だけの仕事ではない。この基準に基づきポイント数を計算したり、JSL教員を指導したりする専門職(JSLコーディネーター)が各地に必要である。そのJSLコーディネーターは教員経験者であり、JSLについて専門的知識のあるものが望ましい。また、それは教育委員会よりも、学校に近いところに配置されるべきであるし、教育委員会へ予算を要求できる一定の権限も与えられるべきであろう。
このような「測定基準」とそれを支える人員と予算を教育行政的に執行していくシステムを構築することによって、「日本語指導を必要とする」児童生徒への教育がより実質的に可能になるのではないか。そうでなければ、上記の「測定基準」の効力も半減するであろう。
本稿では、「日本語を母語としない」児童生徒の日本語能力の発達の度合いを測り、かつ当該児童生徒にとって必要な日本語指導の側面を明らかにするフレームワークを提示し、さらにその結果を教育行政に反映させるシステムを構築することについて検討し、提案した。最後に、このフレームワークとシステムをより強固なものにするために、今後の課題をまとめておく。
- 「日本語を母語としない」児童生徒の日本語使用における誤用の研究。当該児童生徒の誤用が言語発達上どのようなものとして理解できるかという課題は、上記のフレームワークのレベルを現場の教員や将来のJSL教員が理解するうえで重要である。
- 「日本語を母語としない」児童生徒の言語習得と言語運用の研究。言語発達心理学や認知発達心理学などの知見をもとに、日本語母語話者の年少者と「日本語を母語としない」児童生徒の言語習得と言語運用の比較検討をすることにより、言語発達上の、いわゆる「年少者JSLの特徴」を明確にすることが必要である。
- 「日本語を母語としない」児童生徒の言語発達を促すための教育方法の研究。これについては、これまでもさまざまな教育実践が学校現場で行われているが、従来の初期指導の日本語指導を超えて、特に読む力や書く力を育成していく方法について研究することは、当該児童生徒の考える力の育成につながる重要なテーマである。
- 上記のフレームワークを実際に使用する検証研究。実際に学校現場でこのフレームワークを使う場合、どのようなタスクやアクティビティを使うと言語能力の測定が的確に行われるのか、年齢集団や社会文化的背景により測定結果に相違があるのかどうか、運用上の問題がないかなどについて、現場の教員や実践者の意見も交えながら、検証することが必要である。
- 教育行政と学校現場を結ぶネットワーク研究。「日本語を母語としない」児童生徒の言語発達の様子を上記のフレームワークで測定し、その結果を記録する「言語発達カルテ」があってよいだろう。そのカルテは当該児童生徒が転校するときや前述のポイント数を計算するときに使用されることになる。さらに、その結果が教育行政や予算措置に直結するシステムを構築することが必要である。そのような学校現場と教育行政を結ぶネットワーク研究の課題も重要である。
注
(1)宮島・加納(2002)は「公立学校に学ぶニューカマーの子どもは現在6万人程度」と推定している。これは「日本語指導が必要な児童生徒」として言及しているのではないし、その数の根拠が明示されてもいないが、文部科学省の調査結果以上の該当児童生徒がいることが予想される。
(2)Bachman & Palmer (1990、1996)で議論されている第二言語能力モデルを言う。ここでは、言語能力は言語知識、方略的能力、メタ認知的方略を含むもので、話題の知識、情意スキーマ、言語使用の状況などとの相互作用的枠組みの中で言語を使用する能力と捉える。
(3)これは「文字・語彙」「聴解」「読解・文法」の3種の試験により1級から4級まで査定することになっている。各級の「認定基準」は主に「文法項目・漢字数・語彙数・学習時間」などから示されているうえ、「日常生活に役立つ会話ができ、簡単な文章が読み書きできる能力」(3級)や「簡単な会話ができ、平易な文、又は短い文章が読み書きできる能力」(4級)と説明がある。試験時間は100分から180分。
(4)OPIは「外国語学習者の会話のタスク達成能力を、一般的な能力基準を参照しながら対面のインタビュー方式で判定するテスト」(牧野他、2001:9)と定義されるが、OPIの判定レベルの主なものは初級、中級、上級、超級の「逆ピラミッド」で示され、さらに初級、中級、上級は上、中、下と3段階に分けて設定されている。各レベルの「評価の基準」は「機能・タスク」「場面・内容」「テキストの型」、また「正確さ」は「文法」「語彙」「発音」「社会言語学的能力」「言語運用能力」「流暢さ」から判断される。10分から30分のテストがテスターと呼ばれる有資格者によって行われ、結果が判定される。「会話能力テスト」と言われるが、測る能力は「目標言語を使って何ができるかというタスク能力」(牧野他、2001:15)である。
(5)岡崎(2002)は、「日本語を母語としない」子どもにとっては母語と日本語の両方が有機的に結びついているゆえに、第1言語と第2言語の両方を見ることが重要であるとして、「海外から来て日本で学んでいる子どもたちが第二言語として日本語をどのくらい習得しているかということと、彼らが既に獲得している母語の能力をどのくらい保持しているか、その両方をみることを目的としたテスト」(岡崎、2002:46)として「言語の習得と保持に関するテスト」(Test of Language Acquisition and Maintenance: TOAM)を開発したという。したがって、TOAMが明らかにしようとすることは、「既に母語でできあがっている概念やスキーマを利用して、第二言語である日本語を理解可能にする基盤がその子どもにどのくらいできあがっているか」ということで、「今どのような状況にあるのかというのを測ることがポイントである」(岡崎、2002:55)という。母語と日本語の両方から子どもの言語能力を考えるという視点は重要であるが、岡崎はTOAMの詳細については具体的に公表していないため、ここではそのテストに関する議論はこれ以上行わない。しかし、本稿で筆者が提起した点はTOAMについても同様であろう。
(6)このテストは、外国人子女の日本語指導に関する調査研究協力者会議(1998)『外国人子女の日本語指導に関する調査研究<最終報告書>』を経て、東京外国語大学留学生日本語教育センター編(1998)で公表されている。
(7)中島(2002)はOBCを行う場合、年齢の枠を@5−6歳、A7−9歳、B10歳以上の3グループに分けている。それぞれの特徴は、@は自分中心の会話しかできない、Aは、対話面は十分発達しているが認知面が未発達で、母語と第二言語が競争的な関係にある、Bは二言語がかなり高度に伸びる年齢、という。また、Aは語順の乱れや二言語の混用が目立ち、Bはそのようなことはなく、年齢が上がるとともに新しい取り組み方も上達するなど、誤用や言語運用上の特徴もあるという(中島、2000:30)。一方、オーストラリアのESL教育の場合は、「Junior primary」「Middle & Upper primary」「Secondary」の3段階に分けている。本稿はこれらの先行研究の成果も十分に踏まえつつ、実際に測定する学校現場の教諭の立場から、よりわかりやすい「学年枠」を採用している。しかし、実際にこの「基準」を運用する際には、同じ学年枠でも年齢を考慮することは必要であろう。なお、以後の議論は、Penny McKayの研究(The National Languages and Literacy Institute of Australia ,1993)を参照し、かつ日本国内の「日本語を母語としない児童生徒」への指導の経験をもとに考察している。
(8)このフレームワークは、オーストラリアのESL教育に関する現地調査研究を踏まえた考察に基づいている。詳しくは川上(2003)参照。
参考文献
石井恵理子(2002)「多言語環境にある子どもの言語能力の評価を考える」『多言語環境にある子どもの言語能力の評価』(日本語教育ブックレット1)、国立国語研究所.
伊東祐郎・菊田怜子・牟田博光(1999)「外国人児童生徒の日本語力測定試験開発のための基礎研究(1)」『東京外国語大学留学生日本語教育センター論集』第25号.東京外国語大学留学生日本語教育センター.
伊東祐郎・菊田怜子・牟田博光(1999)「外国人児童生徒の日本語力測定試験開発のための基礎研究(2)」『東京外国語大学留学生日本語教育センター論集』第25号.東京外国語大学留学生日本語教育センター.
岩崎典子(2002)「日本語能力簡易試験(SPOT)の得点とACTFL口頭能力測定(OPI)のレベルの関係について」『日本語教育』114号、日本語教育学会.
岡崎敏雄(2002)「学習言語能力をどう測るか−TOAMの開発:言語習得と保持の観点から」『多言語環境にある子どもの言語能力の評価』(日本語教育ブックレット1)、国立国語研究所.
川上郁雄(2002)「年少者のための日本語教育」細川英雄編『ことばと文化を結ぶ日本語教育』凡人社.
川上郁雄(2003)「JSL教育学の構築へ向けた予備的考察―オーストラリアのESL教育の分析を通じて」『早稲田大学日本語研究教育センター紀要』16.(印刷中)
佐藤郡衛(2002)「子どもに対する評価をどう考えるか」『多言語環境にある子どもの言語能力の評価』(日本語教育ブックレット1)、国立国語研究所.
東京外国語大学留学生日本語教育センター編(1998)『外国人児童生徒のための日本語指導第1分冊―カリキュラム・ガイドラインと評価−』ぎょうせい.
中島和子(2001)「子どもを対象とした活用法」『ACTFL−OPI入門』アルク.
中島和子(2002)「バイリンガル児の言語能力評価の観点−会話能力テストOBC開発を中心に」『多言語環境にある子どもの言語能力の評価』(日本語教育ブックレット1)、国立国語研究所.
中島和子・桶谷仁美・鈴木美和子(1994)「年少者のための会話力テスト開発」『日本語教育』83号、日本語教育学会.
中島和子/ロザナ・ヌナス(2001)「日本語獲得と継承語喪失のダイナミックス−日本の小・中学校のポルトガル語話者の実態を踏まえて」
http://www.colorado.edu/ealld/atj/ATJ/seminar2001/nakajima.html
バックマン、ライル.F (1990[1997])『言語テスト法の基礎』(池田央・大友賢二監訳)みくに出版.
バックマン、ライル.F & A.S. パーマー(1996[2000])『<実践>言語テスト作成法』(大友賢二、ランドルフ・スラッシャー監訳)大修館書店.
ベーカー、コリン(1993[1996])『バイリンガル教育と第二言語習得』(岡秀夫訳編)大修館書店.
牧野成一(1991)「ACTFLの外国語能力基準およびそれに基づく会話能力テストの理念と問題」『世界の日本語教育』第1号、国際交流基金日本語国際センター.
牧野成一・鎌田修・山内博之・齊藤眞理子・荻原稚佳子・伊藤とく美・池崎美代子・中島 和子 (2001)『ACTFL−OPI入門』アルク.
横山紀子・木田真理・久保田美子(2002)「日本語能力試験とOPIによる運用力分析−言語知識と運用力との関係を探る」『日本語教育』113号、日本語教育学会.
Bachman, L.F. & A.S. Palmer (1996) Language Testing in Practice, Oxford
University Press. The National Languages and Literacy Institute of Australia
(1993) ESL Development: Language and Literacy in School. (Project Co-ordinator:
Penny McKay)