キーワード:年少者日本語教育、スキャフォールディング、学びの支援、
オーストラリアのESL教育、JSLカリキュラム
1.問題の所在
日本国内の小中学校に在籍するJSL児童生徒
が学業不振や不登校など様々なかたちで
学校教育への不適応に陥ることが少なくない。太田(2002:108)は、学校での日本語教育を
学校教育の「日本語至上主義」に導かれた同化主義的な「補償的日本語教育」と呼び、日本
語を習得させること自体がJSL児童生徒の学業不振を助長し、JSL児童生徒の「自己意識
の確立」を困難すると指摘する。そして、日本語指導自体もJSL児童生徒の学校への不適
応問題の要因であるとし、子どもの母語での教育を重視したバイリンガル教育への転換を
主張している(太田1996、1998、2002)。
たしかに、バイリンガル教育の導入など、JSL児童生徒が第一言語で学校生活上の支援
を受けられる環境整備については、年少者日本語教育に限らず、多言語的・多文化的状況
が深まる日本の社会、学校教育全体で議論すべきである。しかし、JSL児童生徒の言語的
な支援として母語教育が実施される例は少なく、主として日本語指導が、JSL児童生徒の
言語面の支援を担っているのが現状である。JSL児童生徒は日本の学校に在籍し、日本語
教室や母語教室などことばの教室の中だけでなく、学校内外の様々な体験を通じて成長し
ていく。彼らが必要としていることは、第一言語、日本語のどちらで学習するにしても、
学校や社会の中で、彼らをとりまく環境、とくに学校生活や学習活動に参加し、自己表現
をしながら学び成長していくことであると考える。学校では、日本語学級担当教員のほか、
地域の日本語指導員やボランティアなど、様々な人が様々な形でJSL児童生徒への日本語
指導に携わっている。筆者は、同化主義的、「補償的」と批判を受ける日本語指導が、JSL
児童生徒の自己表現や周囲の社会、環境への参加を支援する出発点となり得ると考える。
ただし、「日本語至上主義」「補償的日本語教育」(太田2002)ではない日本語指導を実
践するために、日本語指導実践のあり方を捉え直し、短期的な「教育成果」だけにとらわれ
ず長期的な視野をもってJSL児童生徒の学びと成長を支援する日本語教育を展開する必
要がある。JSL児童生徒のための日本語指導の現状は、「初期指導」として日本語を文法
積み上げ式に短期間で教えた後は、「学業不振」という顕在的な問題への対応に引きずられ、
普通学級での学習内容に「追いつかせる」ことを目指した補習的な支援に偏る傾向にある。
「追いつかせる」ための指導の多くが、児童生徒が目の前で抱えている教科学習上の問題
に対する「その場しのぎ」の対策に終始してJSL児童生徒が抱える根本的な問題を解決す
るに至ることなく、知らず知らずのうちに、さらなる学業不振、不適応問題を助長してい
るのではないだろうか。このような問題意識を踏まえ、筆者は、学校における日本語指導
を通じて、「初期指導」「教科指導」の枠を越えた、子どもたちの自己表現や周囲の環境へ
の参加を支援することを目指したJSL教育実践を考え、実践することが求められていると
考える。したがって、本研究の課題を次のように設定する。
研究課題:年少者日本語教育実践は、どのようにJSL児童生徒が学校生活・学習活動に
参加し、自己表現をしながら、参加した場で学び成長する支援をできるのか。
年少者JSL教育実践を考える基礎研究として、オーストラリアでの移民の子どもたちを
対象としたESL教育について実地調査を行なった。本稿は、オーストラリアの英語を第
一言語としない子どもたちを対象としたESL(English as a Second Language:
第二言語
としての英語)教育実践の理念的目標と授業実践事例の分析を通じて、年少者のための第
二言語教育実践に共通する理念目標を見出し、年少者日本語教育実践への応用を検討する。
2.なぜオーストラリアの年少者ESL教育か
本研究は、日本国内のJSL児童生徒のための日本語指導が「第二言語としての日本語教
育」と位置づけられることに着目した。日本の学校におけるJSL児童生徒には、言語的背
景として、@家庭内言語が日本語ではない、A日本語での生育歴が乏しい、B日本語での
学習歴がない、社会的背景として、D来日理由が自分の意思ではないが、E社会生活、学
校生活、学習活動の中で日本語を必要とするという特徴がある。これらの特徴は、オース
トラリア国内の移民の子どもたちの背景と一致する。JSL、ESLの子どもたちのこのような
言語学習環境は、「目標言語がひろく使用されている国で、目標言語を実際の生活に使う
学習者のために行なわれる」(Cook 2001: 13)と定義される第二言語教育に該当し、「目標
言語が日常の伝達手段ではない場所で実施される」(Cook 2001: 13)外国語教育とは一線
を画すものである。
また、オーストラリアの国家としての多文化主義的な言語政策も、同国の
ESL 教育に
注目する理由である。Lo Bianco & Freebody(2001)によると、オーストラリア国内の学齢
期の児童生徒の15%が、家庭では英語以外の言語を話しているという。このようなESL
の子どもたちの特別なニーズに応じてESL教育を実施する根拠となっているのが、1987
年に発表された言語政策National Policy on Languages(Lo Bianco 1987)である。Lo
Bianco(1987:4)は政策の目標として、
・ 言語差による不公平・不利・差別の克服
・ 英語以外の言語文化背景を持つグループに対する支持
等を掲げた。さらに、政策の柱の一つとして、子どもたちの母語維持にも配慮する多文化
主義の立場から、全国民の英語能力を保障する“English for All”政策を打ち出し、移民
の子どものためのESL教育実施も規定している。
以上のことから、本稿は、日本の学校でのJSL教育実践を検討する参照点としてオース
トラリアの年少者ESL教育実践を分析する。
3.実地調査:オーストラリアにおける年少者ESL教育
3−1.クィーンズランド州における年少者ESL教育
表1は、クィーンズランド州における年少者ESL教育の実施概要である2。小学生相当
年齢の子どもは、地元の小学校に直接編入しESL教師の指導を受けながら学校生活への
適応を図る。ハイスクールに編入する年齢の生徒の場合は、生徒の背景、とくに英語能力
に応じて入り口が3つに分かれる。一つ目の入り口は、英語での生活経験・学習経験がほ
とんどない生徒が、メインストリームの高校に編入する前に約6ヶ月間のESL集中プロ
グラムを行なうM高校に入校することである。第二の入り口はメインストリームの高校に
設置されたESLユニットである。この段階の生徒は、メインストリームの高校に通いな
がらも、ほぼ全日ESLユニットと呼ばれるESL教室で過ごす。そして部分的に一般学級
の授業に合流しながら完全に一般学級に移る準備をする。第3の入り口が普通高校の一般
学級である。この段階の生徒は他の英語を母語とする生徒と同じクラスに在籍し、必要に
応じてESL教師の指導を受ける3。
M高校には、世界の約32カ国からオーストラリアに入国した児童生徒が在籍している
という4。この数は、クィーンズランド州の学校に入学するESL児童生徒の背景の多様さ
を示している。筆者が半年間の参与観察を通じて同校の教室で関わった生徒は、スーダン、
リベリア、アフガニスタン、イラク、ボスニア、セルビア、ハンガリー、ベトナム、韓国、
台湾、香港、中国、日本からの子どもたちであった。このように多様な国・地域からオース
トラリアに入国した児童生徒は、言語・文化背景だけでなく、入国前の生活体験、とくに学
校経験・学習経験も多様である。紛争地域から難民としてオーストラリアに入国した子ども
たちの多くは、出身国での学校経験がほとんどないことから、第一言語での読み書き能力
も乏しく、入校当初は、鉛筆を持って書いたり、机に座って授業を受けることも初めてと
いう生徒も少なくなかった。一方、出身国での学校経験がある子どもたちの中にも、母国
の学校での読み書き中心・教師中心の学習スタイルから、英語の読み書きは容易にできる
が、クラス活動に参加して教師や他の生徒と関わり合いながらさらに英語能力を伸ばすこ
とが困難な生徒も観察された。
ESL指導に中心的に関わるのがESL専門の教師である。クィーンズランド州では、教
員資格およびTESOL(第二言語としての英語教育)の専門性を持つことがESL教員とな
る要件とされている。また、小学校中学年以上の児童生徒を対象としたESL指導では、
算数(数学)や社会・理科の内容とことばを統合した内容重視のアプローチがとられること
がほとんどである。このため、言語指導の側面と教科内容を統合して教える素養も兼ね備
えたESL教師が少なくない。
ESLの指導形態としては、入国間もないESL児童生徒がメインストリームの学校・クラ
スへの編入準備をするための特別な学校・ESL教室がブリスベン市内に二つ設置されてい
る(M高とG小:表2参照)。一方、メインストリームの学校では、ESL児童生徒が普通学
級に在籍し、部分的にESL教室に通級する取り出し形式の指導が一般的であるが、ESL
教師あるいは補助教員が、普通学級に入り込んで指導を行なう例もあるということである。
3−2.調査方法
2003年3月から11月にかけて、オーストラリア クィーンズランド州ブリスベン市内
の小学校6校、ハイスクール3校を訪れ、英語を第一言語としない児童生徒のためのESL
教育について、参与観察、授業見学、教師インタビュー等を通じた実地調査を行なった。
本稿で言及する主な学校訪問先とその指導形態・特色を表2に示す。M高校では、ESL
教室ボランティアとして週1〜3日教室に入り込み、教師の下で生徒の学習支援をしなが
ら6ヶ月間参与観察をした。I小学校およびG小学校では、ESL教室を訪問し、授業見学
をした。授業見学・参与観察時には、ESLの授業内容、教師の児童生徒への働きかけ、児
童生徒の反応に注目した。
ESL教師へのインタビュー内容は、学校や指導する児童生徒の状況、指導の内容や方法、
指導上の留意点などである。今回、学校訪問を通じてのべ13名のESL教師から話を聞く
ことができた。本稿で言及する教師は、M高校A校長、I小学校のD教諭、G小学校のB
教諭である。A校長は、ブリスベン地域の新着移民のESL児童生徒を受け入れるM高校
の代表者であり、直接子どもたちの指導にあたる10数名の教師やその他スタッフを統括
する人物である。M高校では、このほか、授業での参与観察を通じて、ESL教師4名と
関わりをもった。どの教師も教育経験15年余りの教師である。
I小学校のD教諭とG小学校のB教諭は、小学校に常設されたESL教室の常勤教師で
ある。D教諭は、小学校でのESL専門教員として25年程度の教育経験をもつベテラン教
師で、主として小学校中高学年のESL児童の取り出し指導を担当している。I小には、も
う一人、小学校低学年担当のESL教師6が常勤しているが、彼女も、D教諭をESL指導の
「アイディアの宝庫」と評していた。一方、G小学校B教諭の教育経験年数は未確認であ
るが、同小の近くにある難民収容施設に収容された難民の子どもたちを対象に、英語での
リテラシーの導入やオーストラリアの学校への適応指導を担当している7。
以上が、調査フィールドと調査の概要である。次節では、ESL教師がどのようにESL
児童生徒に対する指導を考え、実践を展開しているのか、その理念目標と実践に注目して、
オーストラリアにおける年少者ESL教育実践を分析する。
4.オーストラリアの年少者ESL教師の教育実践
4−1.年少者ESL教育の理念的目標:年少者ESLの目指すこと
オーストラリアにおける年少者ESL教育は何を目指しているのか、その理念的目標を
探る手掛かりとして、学校現場でESL教育に携わる二人の教師の話を引用する。入国直後
の子どもたちの集中教育を実施するM高校のA校長は、同校の教育目標について
オーストラリアという新しい環境、社会に移民の子どもたちを受け入れ、その中で子ども
たちが生きていく支えをつくること。自分の力で生きていけるようになるには3〜5年はか
かるが、ここでの教育は、自分の力にできるようになるためのスキャフォールディング
(2003.3.14学校訪問時)
と述べた。また、メインストリームの一般学級で学ぶ小学校高学年児童のESL教育を担
当するD教諭も、様々なアクティビティを用いた授業実践を通じて、
児童が在籍している学級での学習内容に出てくる概念や語彙、必要な学習スキルをスキャ
フォールディングしている。 (2003.8.22 教室訪問時)
と述べた。二人の話に共通する「スキャフォールディング(scaffolding)」は、学校訪問を
通じて筆者が出会った他のESL教師たちからも頻繁に聞かれた言葉である。スキャフォ
ールディングが、オーストラリアにおける年少者ESL教育実践を結ぶ理念目標を知るキ
ーワードであると考えられる。
4−2.スキャフォールディングとは何か
Hammond & Gibbons(2001:5)は、スキャフォールディングを、
・ 学習者が新しいスキル、概念、理解を獲得する事を目指した教師による支援
・ 何をするか、答を教えるだけでなく、どうするかを学ばせる支援をする
・ 徐々に生徒が自力で作業できるようになることが目標である
と定義する。さらに、Hammondらは、スキャフォールディングの概念をより明らかにす
るために、“help(助けること)”とスキャフォールディングとを対比し、“help”がその場
での要求を満たすだけの支援に終始するのに対し、スキャフォールディングは、生徒が支
援を受けた場面の外で、新たな課題に取り組めるような支援、つまり、ESL教室の外でも
応用できるような形で、知識やスキルを学ぶ支援をすることであると述べている。
さらに、Hammond & Gibbons(2001:5)が特に強調するのは、
・ 自力で作業できるようになることが目標である(temporary nature)
・ 学習者の能力や周囲の環境と合致した支援をする(contingency)
という2つの点の重要性である。入国後6ヶ月未満の小学生のESL集中指導を担当するG
小学校のB教諭は、言語習得面の指導目標として「最低限の英語力8」を得ることを挙げ
る一方、それだけでは一般学級での教科学習に直接太刀打ちできないとの認識を示し、
メインストリーム(一般学級)で、間違いを恐れずに挑戦していける自信を持たせること
(2003.11.17 教室訪問時のインタビュー)
が初期6ヶ月間の指導の大きな目標であると述べていた。このような教師の意識は、学習
者の能力やおかれた状況に合致した教室活動を通じて、徐々に自力で作業する度合いを高
めるスキャフォールディングと一致するものと思われる。
4−3.2つのスキャフォールディング
Hammond & Gibbons(2001:6)は、スキャフォールディングを
・
マクロ・スキャフォールディング:コース全体の目標の明確化、アクティビティの選
定・配列など、教室活動をデザインする際に組み込むスキャフォールディング
・
ミクロ・スキャフォールディング:指導時の学習者の必要に応じて行なうスキャフォ
ールディング
とに分類している。
マクロ・スキャフォールディングのためにまず教師がすべきことは、教師が授業の達成
目標・課題を明確にすることである(Dansie 2001: 50)。そして、目標・課題の達成に必要な
スキルや知識を明確にし、それを育成するアクティビティを考え配列していく。こうして、
教室活動のデザインというマクロレベルでスキャフォールディングが組み込まれることに
なる。マクロ・スキャフォールディングによる言語・リテラシー教育における授業設計の
枠組みとして、図1のような枠組みが提示されている9(Hammond 2001: 28)。
まず、体験的で活動的なアクティビティを通じて学習内容に関する情報やことばを共有
する。次に、具体的な達成目標(課題)にどのように取り組めばよいか、その過程を教師
が実演して見せる。次に、教師と学習者、学習者同士が共同で課題に取り組み、学習者が
各自、自分の課題を完成させるように授業を組み立てるのである。
次項で、筆者が見学した授業実践事例の分析を通じて、スキャフォールディングのプロ
セスを具体的に述べる。
4−4.授業実践事例―小学校高学年の取り出し指導から―
事例として取り上げる授業実践が展開された教室は、I小学校の5年生6名を対象とす
るESL教室で、ESL専門教員のD教諭が担当する。6名の児童は、入国後6ヶ月以上経
過しており、取り出しのESL指導を受けるのは週に30分1コマである。この授業事例は
複数の回にわたって継続して展開されたものである。
4−4−1.マクロ・スキャフォールディング:授業設計
(1)達成目標(課題)の設定
達成目標の設定に先立ち、指導目標と授業で扱うトピック・テーマを設定する。担当の
D教諭は、メインストリームのクラスでの授業と連携を図る観点から、在籍学級の英語の
授業で学習している内容の背景知識やことばの習得の支援を指導目標とし、トピックとし
て自然環境問題を選んだ。ただし、在籍学級で読んでいるのと同じ教材を使うのではなく、
ESL教室での学習リソースとして、クィーンズランド州発行のWeedbuster activity
booklet(The State of Queensland 2002)
を選んだ。この教材は、植物や干ばつに関す
る問題を学習するための植物カタログやワークシートなどを集めたものである。さらに、
Weedbuster weekコンテストに応募することを念頭におき、コンテスト応募の要件である
@「校内の植物分布地図をつくる」、A「植物標本カードのコレクションをつくる」、B「植
物に関する環境問題(砂漠化問題)解決のためのアクション・プランをまとめる」という3
つの達成目標を設定した。
(2)アクティビティの選定・配列
次に、達成目標である課題を分析し、課題達成のために必要な学習項目を、言語的側面
と内容的側面それぞれについてリストアップする。そして、児童がそれらの項目を学び体
験しながら3つの課題に取り組めるようアクティビティを配列する。本事例における各課
題の完成のための本課題における言語的側面とは、
@植物の名前や特徴を説明することばを知っている
A情報を読み取るために、植物カタログのようなテクストの形式と言語的特徴を理解
している
Bアクション・プランのような、説得的なテクストの形式や言語的特徴を理解している
である。また、内容的側面の学習項目とは、C学習の中で触れる植物や、学習テーマであ
るWeedbusterに関連する砂漠化や干ばつなどの環境問題に関する情報を得ることであろ
う。これを踏まえて、D教諭がアクティビティを配列した指導案が表3である。
〔アクティビティ1〕は、前掲図1における学習サイクル1<テーマ・トピックに関する知
識・語彙の共有>に該当する。「自然環境問題」について学習する共通の足場を作ることが
目的である。〔アクティビティ3〕 〔アクティビティ4〕 〔アクティビティ7〕は、3つの課
題に取り組むアクティビティである。D教諭は、課題に取り組む順序を考慮し配列されて
いる。さらに、各課題に児童が取り組むためにどんな足場が必要なのかが考慮され、プラ
スアルファのアクティビティ〔2〕〔5〕〔7〕が組み込まれている。まず、自分達の学校
の中にある植物に関する情報をまとめる課題@Aに取り組む足がかりとなるのが、実際に
学校の中を歩いてビデオに撮ったり植物の実物を集める〔アクティビティ2〕である。ま
た、砂漠化問題の解決法を考えることが要求される課題Bについては、オーストラリアの
内陸部(outback地域)の人に手紙を書き、干ばつの問題について質問をする〔アクティ
ビティ5〕と、「アクション・プラン」を書き始める前に一連の学習活動を振り返りながら
砂漠化問題解決の方法について話し合い、それをどのように構成するかを考える〔アクテ
ィビティ6〕が組み込まれる。〔アクティビティ5〕は、児童の意識を自分達の学校という
身近な文脈からより幅広い社会の文脈へと向けさせ、砂漠化とは縁遠い地域に住む児童た
ちが砂漠化の問題を身近なこととしてとらえ、自分達の生活と結びつけて考えるきっかけ
を作ると思われる。また、〔アクティビティ6〕は、アクション・プランという説得的な文
章をどのように書くか、文章の構成や言語的特徴について明示的に教える段階でもある。
4−4−2.課題達成と2つのスキャフォールディング
次に、学習者が各課題に取り組む段階におけるスキャフォールディングに焦点を当てる。
ここでは、筆者が実際に授業を見学した課題Aの「植物標本カード」を書くアクティビテ
ィを振り返る。児童が記入していた「植物標本カード」とはA4用紙半分程度の大きさ
の用紙である。そこに、自分達が学校内で見つけた植物の絵、通称や正式名、分類、見つけ
た場所、植物の葉・花・実の形や特徴について、植物1種類につき1枚ずつ書くようにな
っている。このカードを書くには、
@校内で見つけた植物の実物やビデオに撮った画像と、植物カタログの写真とを見比べ、
植物の名前を把握する
Aカタログや植物図鑑、前の時間に自分達で撮ったビデオや校内の植物分布地図を見なが
ら情報をカードに書き込む
という二つの作業が必要である。この作業のプロセスを一通りやって見せるのが学習サイ
クルの第2段階<教師による見本>である。その後児童は教師や他の児童と共同でカード
を書くことで、教師が示した手順を一度確認した後(共同作業)、個別にカードを書いて完
成させる(個人作業)。このような「見本→共同作業→個人作業」という流れは、予め授業
前にマクロ・スキャフォールディングとして計画されたものである。
一方、課題達成ではミクロ・スキャフォールディングも必要である。特に<個人作業>
の段階で、児童は植物の正式名や、植物分類、特徴など、日常生活で馴染みの薄いことば
や概念を使いながらカードを書く作業することになるが、授業時の生徒のつまずきや戸惑
いに応じて教師が施す支援がミクロ・スキャフォールディングである。Sharpe(2001: 33)
によると、ミクロ・スキャフォールディングとは、教師が「教授可能な瞬間(teachable
moment)」「支援が必要な瞬間(the point of need)」を見極め「対話」を通して支援する
ことである。D教諭は、たとえば「この花の名前は?」という子どもの質問に対してその
まま花の名前を教えるのではなく、本のどの部分に載っているのかを一緒に探すことで問
題解決の手立てを示したり、花の特徴を書こうとしている児童と一緒に花を見ながら話し
合って特徴を表す言葉を引き出すなど、対話による様々な支援を行なっていた。教室では、
児童が互いに競うようにカードを書き、どの子も時間内で複数枚のカードを完成させてい
た。2つのスキャフォールディングを連携させた支援を通じて、子どもたちが「自分が何
を言っているか、何をしているのかわかっている」という実感をもって、日常的な言語生
活では馴染みの薄いことばを使って学習することができたものと思われる。
D教諭によると、6名の児童たちは3つの課題を完成させ、州のコンテストで3位に入
賞した。彼らは年度の修了式で全校児童の前で祝福を受けることになったということであ
る。次節でスキャフォールディングを取り入れた年少者ESL教育実践の特徴を考察する。
4−5.考察:スキャフォールディングを取り入れた年少者ESL教育実践の特徴
4−5−1.マクロ・スキャフォールディング:学びの場の設計
オーストラリアにおけるESLのスキャフォールディングを取り入れた教育実践の特徴
として、第一に、マクロ・スキャフォールディングの視点を挙げる。マクロ・スキャフォー
ルディングとは、言い換えれば、学びの場の設計である。マクロ・スキャフォールディング、
つまり、学習者に合ったアクティビティを考え課題達成のために適切な順番で配列するこ
とによって、学習者が学べる範囲で新たな知識やスキル・ストラテジーを得ながら課題も達
成できる、有機的な学びの場を設計しているのである。「有機的な学び」とは、学習者それ
ぞれが、知識やことば、スキル・ストラテジーを、様々なアクティビティや経験の中で教師
や他の学習者と共有する「共同体の実践」を通じて学び取り、さらに「共同体の実践に参加」
する過程である(佐伯1995:21)。
有機的な学びを支えるマクロ・スキャフォールディングをする上で、「文脈化」(川上
2004: 5)という観点がとくに重要であろう。川上によると、「文脈化」とは「ことばと内容
を支える学習の『流れ』」である。事例では、自分達の体験をもとに地図を書いたり、実物
を見ながらカードを書いたりという「生の文脈」で、児童たちはことばを使って学習して
いた。また、校内を歩きまわってビデオカメラに収めるなど、子どもが面白がって取り組
むアクティビティから学習が始まり、その体験を踏まえて読んだり書いたりする活動に移
っていく。つまり、身近な生活場面や遊びに近い状況から教科学習場面へと移行するので
ある。これらのことは、「言葉の『文脈化』」「学習の『文脈化』」(川上2004:5)に相当し、
こどもの言語使用を促進し、物怖じせずに楽しんで達成課題に取り組む学習の場作りに貢
献するだろう。さらに本事例では、コンクールに応募するという児童の挑戦を促す達成目
標が明確に示されたことが、子どもたちが積極的に活動に取り組む動機づけにもなり、内
容と学習の「文脈化」がさらに促進されたと思われる。
4−5−2.スキャフォールディングにおける4段階の「支援の流れ」
「文脈化」に加え、図1に示した「知識・語彙の共有→教師による見本→共同作業→個
人作業」という4段階の学習サイクルに沿って授業を組み立てることも、マクロ・スキャフ
ォールディングの重要な要素である。
D教諭の指導実践では、校内を歩き回ったり、地図や植物カードを書きながら、植物の
名前や特徴をあらわす言葉を教師が使うのを聞き、植物カタログや図鑑で読み、ESL教師
やクラスメートと話し合った末に自分の手でカードに書くことを通じて、同じことばや知
識に様々な文脈で触れる場がつくられた。児童たちは、ことばや知識が様々な文脈で様々
なかたちで使われることを体験しながら、「教えられたことば」としてではなく、自ら「学び
とったことば」として、ことばを内在化していく。このような過程が図1の学習サイクルの
第一段階<知識・語彙の共有>に当たる。ここでの<知識・語彙の共有>とは、基礎知識の
先行学習・準備段階というより、すでに共同体としての活動・成果を積み上げる段階である。
つまり、児童は、学習サイクルの第一段階<知識・語彙の共有>からことばを学びとりなが
ら、有機的な学びの場に参加しているのである。
また、事例では、ひとつの課題を達成する度に学びが途切れることなく、指導全体を通
じて各アクティビティが相関し、児童の学びと課題達成を支援している。図2は、前項の
授業実践事例における3つの課題それぞれの達成までのプロセスを、図1で示した学習サ
イクルに沿って分析したものである。この図から、課題ABの学習サイクルでは、直前ま
でのアクティビティすべてがそれぞれ課題達成における第一段階<知識・語彙の共有>に
該当することが明らかである。つまり、課題@から課題A、課題Aから課題Bへと進行す
るにつれて、共同体としての実践、つまり、学習の場が積み上げられることから、要求の
高い課題にも取り組むことが可能になったと考えられる。
一方、個々の課題達成を支援する側面においても、4段階の教授・学習サイクル、とく
に「見本を見せる→共同作業→個人作業」という流れを踏まえて授業を設計することが肝
要である。4−4−2で述べたとおり、D教諭は、まず課題達成の道筋を示し、それを他
者と共同で体験させてから個人の作業に移るサイクルを踏まえ、学習者の学習負担をコン
トロールすることを意識して授業の設計をしている。このようなスキャフォールディング
の実践において、「見本を見せる」ことは「答え(what)を教える」というより、「どうするか
(how)を示す」ことである。つまり、課題達成までの道筋を示し体験させることで、児
童生徒は本来独力では達成困難な過程を乗り越え、その上で創造的な思考や挑戦を伴う活
動に参加できるのである。実践事例では、「校内の植物分布地図をどのように描くか」「砂
漠化防止のために自分達でできることは何か」といったことを自由に考え、工夫し、教師
や友だちに話したり、実際につくったりという創造的思考や挑戦を伴う活動に子供たちを
参加させるために、まず「見本を見せる」ということがなされたと考えるべきであろう。
仮に、ミクロ・スキャフォールディングのみを考慮して授業を行った場合、児童生徒は「植
物分布地図とは何か」「アクションプランとは何か」といった課題の内容を理解する時点で、
あるいは、どのようにそれに取り組むか手順を見極める時点でつまずき、教師による支援
も、創造的思考や挑戦を伴う活動に入るまでのプロセスを追いかけることで手一杯になっ
てしまうだろう。また、児童生徒の側から見れば、本来設定された課題に取り組むことな
く、「何をしたらいいのかわからなかった」という不満足感で授業が終わってしまうだろう。
以上のことから、「知識・語彙の共有→教師による見本→共同作業→個人作業」という4
段階の教授・学習サイクルは、児童生徒が課題に取り組むための「踏み台」を築き、その
上で達成課題に取りくむ支援をするために、教師が重視すべき「支援の流れ」と位置づけ
られる。4段階の「支援の流れ」を考慮することは、児童生徒が「踏み台」の上でより創造
的な思考や探求を展開し、自己を表現できるようになるための支援を考える上で不可欠
な視点であると思われる。
4−5−3.ジャンル・アプローチ
オーストラリアにおけるスキャフォールディングによるESL教育のもうひとつの特徴
は、学習における言語的側面の扱いである。オーストラリアの学校では、ESL教育だけで
なく教育全体でジャンル教育(genre teaching)が重視されている。ジャンルとは、文章の
種類、様式のことであるが、これに加えて、オーストラリアの学校教育では次のように定
義される。
purposeful, cultural activity which has a schematic structure and specific generic
features. It may be spoken, written or visual (Miller 2003)
直訳すると、ジャンルとは、「組織的な構成と言語的特徴」を伴う「目的を伴う文化的活動」
である。そして、口頭テクスト、文字テクスト、文字以外の視覚情報(visual)は、なんらか
のジャンルに属するということである。
ジャンル・アプローチとは、スキャフォールディングを通じて、物語テクスト(narrative)、
動植物などについて項目に分けて説明するテクスト(information report)や、出来事に
ついて順を追って説明するテクスト(recount)、作り方や実験の手順を説明するテクスト
(procedure)、意見や考えを説得的に述べるテクスト(argument)といったジャンルそ
れぞれについて、ジャンルの役割や目的(何のために使われるか)、テクスト全体の構成、
特徴的な接続表現、言語的特徴(時制や話法などの文法的特徴、語彙的な特徴)を実際の
テクストを用いて生徒に示し、前掲図1の学習サイクルに沿って学習活動を展開するもの
である。4−4に挙げた事例においては、4−4−1(2)で言語面の学習項目ABとし
て挙げた、植物カタログが該当する情報レポート形式のテクストと、アクション・プランの
ような説得的なテクストの理解を意識した指導案が立てられた。とくに〔アクティビティ
6〕では、どのようにアクションプランを構成するか話し合う中で、説得的なテクストが
どのようなものかが具体的に示されたと推察される 。
Rothery(1996)によると、ジャンル・アプローチは、学校教育の中でジャンルとその言語
的特徴を文脈によって使い分けることが前提的に求められていながら、実際の教育ではそ
れに関する知識やスキルが明示的に教えられていない、という問題意識から考案された。
Rothery(1996: 99)は、ジャンル・アプローチを「全ての生徒が教科カリキュラムに最
大限にアクセスできるようにする手段」と位置づけている。この背景には、ジャンルの知
識を持っていないことがESL児童生徒の学習に躓く原因になっている(Rothery1996: 91)、
つまり、学習内容を把握していても、それを扱うテクストの特徴(ジャンル)を踏まえて
理解・生成することができないために学習成果を出せないでいる、という分析がある。こ
のことは、前項で述べた「有機的な学習」とも関連深い。なぜなら、語彙が分かる、背景
知識があるだけでは、ことばを使って自分を表現し、相手を理解するのが難しいからであ
る。また、表現するにも、何からどんなふうに話したらよいか、と物怖じする場合もある
だろう。共同体の中で、どのように表現するか、あるいは、相手が表現したことをどう理
解するのか、共同体におけるジャンルに馴染むことが共同体の実践に参加のために必要で
ある。したがって、共同体という文脈で自己表現し、相手を理解する形式としてのジャン
ルを扱うことが児童生徒の学びを支援することにつながると考えられる。
4−5−4.指導の成果の広がり
最後に、指導の成果という観点から、スキャフォールディングの特徴を述べる。
前節で述べた通り、D教諭はメインストリームの授業との連携を図ることを念頭におい
てESLの授業を設計している。ESL教室でのスキャフォールディングされた学習活動を
経て、当該児童生徒が、メインストリームの授業でも内容を少しでも理解しながら学習に
参加できることが、指導の「成果」として期待される。しかし、スキャフォールディングを
取り入れた指導の「成果」はすぐに見えない場合も多い。スキャフォールディングを通じ
た教育実践の成果は、即効性を求めるよりも、長期的な視野から判断すべきである。
第一に、ESL教室での学習での成功体験が、メインストリームのクラスでも失敗を恐れ
ずに学習活動・学校生活に関わろうとする自信を起こすきっかけとなると期待できるだろ
う。つまり、ESL教室という共同体に参加し、課題にうまく取り組むことが出来たという
体験を経て、当該児童生徒が自信をもって自己表現し周囲と関わろうと試みる場がESL
教室からESL教室の外へと拡大していくきっかけを、スキャフォールディングを通じた
学習が創出するといえるのではないだろうか。事例では、Weedbuster activityに参加した
6名のESL児童が州単位で英語を母語とする児童生徒の作品と競った中で3位に選ばれ
全校で祝福された。このことが児童が次の課題に取り組む自信へと変わっていくだろう。
また、児童生徒は、スキャフォールディングを通じた学習活動を通じて、課題達成に必
要なスキル・ストラテジーを生の文脈で使う経験を重ねている。4−4の事例では、植物標
本カードを書くために<植物図鑑を見る><過去の自分達の学習成果を見返す>、また、
社会問題に接する足がかりとして<校外の人に手紙を書いて質問する>ことを経験した。
このようなスキル・ストラテジーを用いた経験が、先に述べた成功体験と結びついて、ESL
教室以外の場面で似たような問題に出会ったときに、児童が自らスキル、ストラテジーを
使って解決しようとしていくこともスキャフォールディングによる指導の成果であろう。
5.年少者JSL教育への応用
オーストラリアの年少者ESL教育の実地調査を通じて、オーストラリアでは、ESL児
童生徒の学校・社会への適応やESL習得を長期的な視野で捉え、それを支援するために指
導実践においてスキャフォールディングが重視されていることが明らかになった。児童た
ちは、スキャフォールディングによる指導を通じて、ESL教室外の様々な場面に関わって
いこうとする自信、さらに様々な場で学び成長する助けとなる知識やスキル、ストラテジ
ーを獲得していく。同時に、そのような体験の積み重ねを通じて、オーストラリアの学校
や社会という新たな場所で自分の居場所を築き、自分が学習できる方法や環境を見つけ、
一緒に学ぶ友達や教師との関係を築いていく。日本の学校での日本語指導においても、こ
のようなスキャフォールディングを重視した教育実践が求められているのではないだろう
か。筆者は、指導の中でスキャフォールディングを重視することを通じて、JSL児童生徒
の成長や学びに寄り添った教育実践を行うことができると考える。
前節で論じたマクロ・スキャフォールディングの視点や、日本語指導の成果の広がりに
ついては、年少者日本語教育においても、齋藤(1998、1999、2001)、池上(1999)や、
『学校教育におけるJSLカリキュラムの開発について(最終報告)』(文部科学省初等中等
教育局国際教育課2003)等で議論され、「内容重視のアプローチ」として実践が展開されて
いる。これらの論考は、本稿で論じたことと重なる点が多い。したがって、スキャフォー
ルディングを通じたJSL教育における授業設計のリソースとして、文部科学省のJSLカ
リキュラムを運用することができると思われる。
5−1.授業設計のリソースとしての「JSLカリキュラム」
「JSLカリキュラム」は、JSL児童の日本語での「学ぶ力」、学習活動に参加する力を
育成することをねらいとして開発された。教科共通の基本的な学ぶ力を育成する「トピッ
ク型」カリキュラムと、各教科固有の学ぶ力の育成を目指す「教科志向型」カリキュラム
から成る。このカリキュラムの特徴は、学習項目を固定的な順序で配置した「従来型のカ
リキュラム」とは異なり、教師・指導者が一人一人の子どもの実態に応じて柔軟にカリキュ
ラムを組み立てる支援ツールとして位置づけられていることである(文部科学省2003: 2)。
教師・指導者が独自に授業を設計する際の指針として、JSLカリキュラムは、次の二つを
提示している。
5−1−1.活動型学習における「学習活動の流れ」
JSLカリキュラムにおいては、トピック型、教科志向型双方のカリキュラムに共通する
原理として、具体物や直接体験にもとづいて学習内容の理解を促進することが意図されて
いる。トピック型カリキュラムでは、「体験→探究→発信」という3局面から成る「学習
活動の流れ」が授業設計の軸として提示されている。教科志向カリキュラムでは、教科ご
とに特徴的な授業構造が明示されているが、算数、理科、社会に関しては、「課題の把握→
探究(予想、観察、実験、調査)→まとめ(結果の検討、発信など)」という3つの共通する
局面を見出すことができる(文部科学省2003:79)。
JSLカリキュラムは、このようにいくつかの局面から成る「学習活動の流れ」を見出し
た上で、教師・指導者自身が子どもたちの「学ぶ力」と日本語の力、興味・関心を踏まえて
学習活動の内容と学習項目を設定し、必要な日本語表現のバリエーションを用意する必要
があると指摘している。JSLカリキュラムでは、教師・指導者自身独自の授業づくりを支
援するツールとして「AUカード」が提示されている。
5−1−2.AUカード
AUは「Activity Unit」(活動の単位)の略である。JSLカリキュラムは、AUを「学習
活動を構成している一連の下位活動」(文部省2003:11)と定義する。さらに、「単位的な
下位活動(AU)と、それを行なうために必要な日本語表現のバリエーションを組み合わ
せ、一枚のカードにしたもの」(文部省2003:12)をAUカードと呼んでいる。これら
AUカードは、授業作りの中で、子どもたちにつけさせたい「学ぶ力」を洗い出して活動
を設計し、そこに必要な言語表現を埋め込むのに用いられる。
トピック型カリキュラムで提示されているAUカードは、「教科共通の基本的な(日本
語を用いた)学ぶ力の一覧表」(文部科学省2003:12)と位置づけられている。図3にトピ
ック型JSLカリキュラムにおけるAUカードの一例を示す。一方、教科志向型のカリキュ
ラムでは、トピック型カリキュラムのAUに加えて、各教科特有のAUが提示されている。
例えば、国語科JSLカリキュラムでは、「伝え合う力」を重視したAUが数多く盛り込ま
れ、社会科JSLカリキュラムでは、「情報を収集する」「情報を処理する」「情報を再構成
する」といった社会科学習特有の学習スキルに基づいたAUカードが示されている。また、
理科のJSLカリキュラムでは、学習領域に応じたAUと、実験などグループワークに関す
るAUが特徴的である。
AUカードは、「教科に参加する力の育成」というJSLカリキュラムの指導理念と、日
本語指導が押さえるべき日本語表現とを具体的に結びつけるツールとして、教師・指導者
が子どもの実態を踏まえて活動型の学習活動を設計するのを支援する。AUカードを通じ
て、JSL児童が学校で参加する授業とことばとを統合し、「学ぶ力」とつながる「思考のた
めのことば」を日本語指導に組み込む道筋が示されたことは意義深い。
5−2.JSLカリキュラムによる授業の様相とその問題点
JSLカリキュラムでは、「体験→探究→発信」、「課題の把握→探究→まとめ」という「学
習活動の流れ」を軸に指導案が組まれ、子どもたちは、学習を通じて体験したことや考え
たこと、学んだことをことばで表現し、ワークシート等に「書く」活動をしながら学習を
進めていく。児童生徒は自分たちの興味に合った体験的な活動に馴染み、積極的に参加し
ていくだろう。しかし、具体的な体験から一歩離れて、体験から得た情報や感じたことな
どを日本語で話したり書くことによって課題を達成するとき、つまり、日本語を使って自
己表現をするときに、児童生徒は依然として学習に躓いてしまうのではないだろうか。
オーストラリア年少者ESL教育実践の視点から、このようなJSLカリキュラム運用に
おける問題点を分析すると、次のような2つの課題が浮かび上がる。
5−3.JSLカリキュラム運用におけるスキャフォールディングの必要性
上のような問題が生じる理由の一つは、「語彙・知識の共有→教師による見本→共同作業
→個人作業」というスキャフォールディングの学習サイクル、つまり「支援の流れ」を考
慮していないことにあると考えられる。先述の通り、オーストラリアのESL教育におけ
るスキャフォールディングでは、課題の達成はミクロとマクロの2つのスキャフォールデ
ィングを連携させることによって支援されると考えられている。JSLカリキュラムの運用
でも、児童生徒の「学習の流れ」を踏まえた上で、さらに、スキャフォールディングの「支
援の流れ」を考慮して授業を組み立てる必要があるのではないだろうか。「支援の流れ」を
どれだけ考慮するかが、JSLカリキュラム運用の成否を決定すると筆者は考える。すでに、
理科の教科志向型カリキュラムにおいては、スキャフォールディングと整合する児童生徒
のための「理解支援のツール」「表現支援のツール」が示されている。理科に限らず、他教
科の教科志向型カリキュラムの運用においても、このような「支援のツール」や本稿で提
示した「支援の流れ」を踏まえた授業設計が求められるだろう。
5−4.AUカードの限界と新たな支援ツールの必要性
ワークシートなどでのまとめ作業などにおいて、児童生徒が躓くもう一つの理由は、AU
カードの限界と関連があると思われる。学習活動を最小の活動単位で捉えたAUカードに
よって、たしかに柔軟な授業設計が容易になるだろう。しかし一方で、AUカードは、活
動単位を文単位で切り取った点に限界もあるのではないだろうか。なぜなら、AUカード
で活動の局面を把握できても、活動全体の文脈を設定することが難しいからである。また、
AUカードで提示された日本語表現は、教師と生徒の直接的な接触場面での教師の働きか
けと応答で用いられるものであり、比較的文脈的補助の高い状況でのコミュニケーション
に関わるものがほとんどである。逆に、児童生徒が各自ワークシートを完成させるときの
ような文脈で、児童生徒が日本語で自己表現をするような活動局面に相当するAUカード
はそれほど多くない。
日本語能力が不十分な児童生徒の場合、タスクシート上の短い指示を読んだり、指示に
応じて簡単な日本語で書くだけでも、日本語での有機的な学習はなされる。しかし、児童
生徒の日本語力が高まるにつれ、「何のために、どのように」という文脈的な要素を、日本
語指導の中に盛り込む必要が生じるはずである。例えば、観察したことや考えたことをど
のようにまとめ、どんな順番でどんな言葉で発信するか。ある目的のために発信されたも
のをどう受けとめるのか。活動単位と文単位での表現を結びつけたAUカードに加え、よ
り大きな文脈での言語的側面、オーストラリアのESL教育で重視されるような、ジャン
ルを軸にした授業設計を考える必要があるのではないだろうか。
すでに、国語科JSLカリキュラムでは、手紙文や壁新聞を作る授業案の中で、表現活動
におけるジャンル的な要素に関する言及が見られる。しかし、他教科では、「感想を書く」
「わかったことを書く」などの表現活動が教科特有のAUとして盛り込まれていながら、
どんな目的で、どのように書くのかを示す支援ツールに乏しい。ジャンルは、口頭言語、
文字言語を問わず、児童生徒が学校や社会の中で学び成長していく中で必要な言語能力と
認識されるべきであり、国語以外のJSLカリキュラムの運用においても考慮する必要があ
る。したがって、JSLカリキュラムをより有意義にJSL児童生徒の学びの支援に活かすた
めに、文脈単位の言語的側面、ジャンルをどのように授業に取り入れるのか、新たな授業
設計の支援ツールを構築すべきである12。
6.まとめと今後の課題
本稿は、オーストラリアの年少者ESL教育の分析を通じて、オーストラリアのESLに
おける理念的目標と指導原理と、学びと成長を支援する年少者JSL教育実践への応用を論
じた。しかし、オーストラリアの年少者ESL教育現場にも課題に残る。それはESL児童
生徒たち自身のESLを教えられることに対する苛立ちや反発からも見てとれた。このよ
うな意味で、オーストラリアの移民教育政策、学校でのESL教育も未完成であり、ESL
児童生徒の視点からの検証と改善が必要である。しかし、ESL教室で教師の支援を受けな
がら、子どもたちが創造的に学び、オーストラリアという新しい社会、文脈の中で、第二
言語である英語を使いながらたくましく成長していることも事実である。筆者は、このこ
ととスキャフォールディングとは無関係ではないと考える。
今後、日本の学校での教育実践を通じて、年少者JSL教育におけるスキャフォールディ
ングの方法とその是非を論じる必要がある。日本国内のJSL児童生徒がおかれた文脈は、
日本の学校文化や学校におけるJSL児童生徒の人数構成、周囲の社会環境など、オースト
ラリアのESL児童生徒を取り巻く文脈とは異なる。したがって、個々のJSL児童生徒の
おかれた状況や実態を踏まえて、どのようなスキャフォールディングができるのか、縦断
的に実践を重ね、検証することが肝要である。本稿で論じたスキャフォールディングの理
念や方法論を踏まえ、日本国内における年少者JSL教育現場でどのようにスキャフォール
ディングができるのか、実践のあり方を明らかにすることを今後の課題としたい。
|
|
注 |
|
|
|
1 |
JSLはJapanese as a Second Language(第二言語としての日本語)の略。「JSL児童生徒」とは、 |
|
日本在住の外国人児童生徒や中国帰国者家族、日本人帰国児童生徒など、過去の学校教育での使用言語 |
|
や家庭内言語が日本語以外の言語であり、日本語を「第二言語」とする児童生徒のことを指す。日本の |
|
学校には「定住型」「短期滞在型」の児童生徒が混在し、児童生徒の来日背景やライフコースを考慮し |
|
た支援の必要性が認識されてきた。筆者は、中国帰国児童への家庭内日本語学習支援、中学校で「定住 |
|
型」生徒の日本語指導に関わってきた経験から、「定住型」のJSL児童生徒を対象とした日本語指導の |
|
あり方に関心を持っている。本稿も「定住型」のJSL児童生徒のための教育実践について論じる。 |
2 |
オーストラリアでは、6つの州および2つの直轄区が初等・中等教育段階における教育権限をもち、独 |
|
自の教育施策を展開している(見世2000:187)。クィーンズランド州では小学校(Primary School)で |
|
1〜7年生が、ハイスクール(High School)では8〜12年生が学ぶ。なお、本稿では、ハイスクール |
|
を「高校」と記す。 |
3 |
ESL児童生徒の言語能力測定やESL教師の配置等、クィーンズランド州におけるESL実施システム |
|
については川上(2003)で詳述されている。 |
4 |
2003年3月当時。 |
5 |
M高校は8〜12年生対象のハイスクールだが、7年生相当年齢の子どもを入学させることもある。 |
6 |
I小で低学年ESLを担当するC教諭は、小学校の普通クラスの担任教師としての教育経験もある。 |
|
TESOL資格取得後にESL教員として勤務しており、ESL指導経験は7〜8年ということであった。 |
7 |
このほか、別の小学校に常勤するESL教師1名、複数の小学校を巡回しながらESL指導にあたる非常 |
|
勤のESL専門教員2名、ハイスクールに常勤するESL教師2名からも、授業見学を通じて話を聞く |
|
ことができた。小学校で非常勤でESLを教える教師のうち1名は、一般学級の担任としての教育経験 |
|
がある。もう一人は、自身が移民であることから、ESL教師になる前は、学校でLOTE(外国語)教師と |
|
して彼女の母語のフランス語を教えていたということであった。 |
8 |
B教諭はESL Bandscales(McKay他1992)を示し、「レベルの3〜4まで英語力をつけさせる」こと |
|
が同プログラムの目標であると言及した。ESL Bandscalesは、「レベル3〜4」の英語力の特徴として、 |
|
学年相応の口頭言語・文字言語のキーワードを拾うことができる、簡単なテクストを読み書きできる、 |
|
身近な場面では英語でコミュニケーションできる、などを挙げている。 |
9 |
Hammond(2001)は、この教授・学習サイクルをオーストラリアの言語・リテラシー教育で重視されてい |
|
るジャンル・アプローチと関連づけて提示した。 |
10 |
Weedbuster activity bookletは、オーストラリアの環境問題である害草の駆除について理解を深める |
|
ための全児童生徒向けのリソース教材。Weedbuster Weekとは、自然環境問題、社会問題を考える強 |
|
化週間のひとつ。これに関連して児童生徒がその学習成果を競うコンテストが企画される。詳細は |
|
http://www.weedbusters.info/competitions.htm参照。 |
11 |
アクティビティ6に取り組む時間に立ち会うことができなかったため、この段階の詳細を述べることは |
|
できない。しかし、担当のD教諭は、日常的にワークシートとうを用いてジャンルを明示的に教える |
|
時間を設けていた。また、M高校でも、ジャンルを意識した授業や、書くためのトレーニングプログ |
|
ラムが実践されている。紙面の都合で本稿では紹介できないが、別の機会にまとめるとする。 |
12 |
日本の小中学校、高校におけるジャンル研究に関する論考は見あたらない。日本の学校でのジャンル・ |
|
アプローチ導入については、前段階として学校でのジャンル研究から始める必要がある。 |
|
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